“役者で爆弾犯の父”が逮捕され→母親と2人で貧乏生活→父親の出所後に一家離散…“加害者家族”として育った女性脚本家(52)が、それでも父を見捨てなかったワケ

〈小6の時に突然、母親から「お父さんは、役者で爆弾犯なの」と…“指名手配犯の父”と逃亡生活を送った女性脚本家(52)が明かす、父親が逮捕された経緯〉 から続く 1971年12月24日に新宿伊勢丹前の交番が爆破された、新宿クリスマスツリー爆弾事件。同事件を筆頭に数々の爆破事件などを実行した過激派「黒ヘルグループ」のメンバーとして指名手配された俳優・梶原譲二を父に持ち、家族で逃亡生活を余儀なくされた脚本家の梶原阿貴(52)。 その出自を記した『 爆弾犯の娘 』(ブックマン社)が話題を呼んでいる彼女に、出頭後の父の様子、父の出所を経ての「梶原家解散」、『爆弾犯の娘』で出自を明らかにした理由などについて、話を聞いた。(全4回の4回目/ 1回目から読む ) ◆◆◆

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