「ソープ接待」疑惑で東大院教授逮捕でも全然驚かない…和田秀樹が「東大に自浄は期待できない」と断言するワケ

1月24日、東大大学院教授の佐藤伸一容疑者(62・医学系研究科)が警視庁に収賄容疑で逮捕された。共同研究相手の一般社団法人の代表から高級クラブやソープランドで約30回もの接待を受けた疑い。東大病院長が責任をとって辞任したが、東大医学部卒の医師・和田秀樹さんは「今回に限らず、昔から東大は身内の不祥事に甘すぎる」という――。 ■「東大教授=日本一頭のいい人」ではない 久しぶりに、このプレジデントオンラインの編集部から執筆依頼があった。不祥事続きの東京大学について私の意見を書いてほしいというものだった。 具体的なお題としては、「日本一頭のいい人たち」が倫理観を欠く理由、というものだったが、まず初めに言っておきたいのは、東大教授が日本一頭のいい人たちだと私はこれっぽちも思っていないということだ。 その証拠に、ここしばらく京都大学からは立て続けにノーベル賞が出ているが、東大からはほとんど出ていないことでもわかるだろう。 教授というのは教授会の選挙で選ばれる。業績が一位だから選ばれる、というものではない。それは東大だけではない。 吉村作治というエジプト学者が、圧倒的な業績を誇りながら早稲田大学で万年助教授のような立場に甘んじていた。ご本人にも聞いた話だが(他からも聞いたが)、早稲田の人間科学部の教授会が、自分より目立つ人を同じ教授にしたくなかったためだということだった。結果的にだいぶ時間が経過した50代になって吉村氏は教授になられた。 また、慶應義塾大学医学部を首席で卒業し、最年少で専任講師になった故近藤誠先生にしても、不遇の扱いをされた。近藤先生提唱の乳がんの乳房温存療法と、当時の主流の術式だった広範囲切除とを比較した結果、「5年生存率が変わらない」という内容の世界的権威の雑誌で発表された論文を文藝春秋誌に紹介したことで、外科の教授たちの反感を買い、そのまま昇任することなく講師のままで定年を迎えた。 ■東大は優秀な人間を教授に選ばない 東大の場合、私から見てどんなバカでクズのような業績の人間が教授になっても、「偏差値日本一」の座は揺るがない。なぜなら、日本の親や教師には東大信仰者が多く、受験生も在籍する教授のクオリティを吟味して大学を選ぶことは稀だからだ。 そして文部科学省も業績のいかんにかかわらず科研費(科学研究費助成事業)を東大に出す傾向があるため、東大自身に、すごい人間や優秀な人間を教授に選ぼうというインセンティブ(目的意識)がない。 一方の京大は、このままだと一地方大学に転落しかねないという危機感が強いので、優秀な人間を教授に引っ張ってこようとする。 iPS細胞の作製技術を確立した山中伸弥氏を東大は見向きもしなかったが、京大は慌てて教授に引き抜いたのはその一例である(※)。 ※神戸大学医学部卒業後、大阪市立大学、米国研究所、奈良先端科学技術大学院大学などでの助手・助教授・教授職を経て、2004年に京大学再生医科学研究所教授に就任。 私の出身校である灘高校、東大医学部の同期で、最も優秀だった伊佐正氏も助手までは東大だが、京大で教授になり、2022年に東大卒なのに京大の医学部長(兼大学院医学研究科長)に就任した(※)。 ※2025年4月からは自然科学研究機構 生理学研究所の所長に就任。 たまたま、日本の子供たちの数学力低下問題で経済学者の先生方と親しくしてもらったことがあるが、国際的な論文の多い経済学者は東大を出ていても京大で教授になるようだった。 今、もっともトレンディな経済学とされる行動経済学を専門にする教授は東大にはいない。要するに東大の教授会はそんなに優秀な人間を教授にしているとは思えないし、人事を見る限り、東大は名前にあぐらをかいているとしか思えない。 だから、東大医学部の教授が、日本一頭がいいのに倫理観に欠けるのではなく、大した能力もないのに肩書だけが立派なので倫理観がないのも当たり前のように思えてならないのだ。

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