<映画の推し事>「安楽死特区」が示す自分の命の選択肢 あなたはどう考える?

「安楽死特区」の話をする前に、二つの場面を思い浮かべることから始めてみよう。 まずは2016年7月24日、米カリフォルニア州オハイ。41歳の画家、ベッツィ・デイビスの家では、2日目のパーティーが続いている。ドレスコードなしで、誰でもいつでも歌って踊れる。ただ、ルールが一つ。絶対に、主人のベッツィの前で泣かないこと。 皆、チェロやハーモニカ演奏を鑑賞し、彼女の好きな町のピザ屋のピザを一緒に食べながら、彼女の大好きな映画を一緒に見た。 彼女の服を分け合った、愉快なファッションショーも行った。そしてお別れの時間。皆とグッバイキスを交わしたベッツィは、人生最後の日没の後、家族と看病人、医師などが見守る中で薬物を投与され、息を引き取った。日本へのバケットリスト旅行で買った浴衣を着たまま。彼女はルー・ゲーリッグ病(ALS、筋萎縮性側索硬化症)と診断されていた。 ◇初めてのSARCO利用者 次の場面は24年9月23日、スイスのシャフハウゼン州の小屋。免疫疾患を患っている64歳のアメリカ人女性が、SF映画に登場する冬眠カプセルのような安楽死カプセル「SARCO」の初めての利用者になった。 カプセルを「使用」する前にしなければならない手続きは、簡単な健康状態のチェックと「あなたは誰なのか」「今、どこにいるのか」「今、何が起こっているのか知っているのか」といった質問に答えること。 「死のカプセル」とも呼ばれるSARCOは、国際NPO「エグジット・インターナショナル」の設立者であるオーストラリア出身の医学博士フィリップ・ニシュケが17年に、オランダ人デザイナーと共に3Dプリンターで作った。 使い方は極めて簡単で、紫色のカプセルに入ってボタンを押すと、内部の酸素が窒素に代わり、30秒から1分以内に酸素濃度が21%から0・05%まで急減する。この過程で使用者は苦痛なく意識を失い、5分以内に死に至る。使用料金は18スイスフラン(約3600円)。 しかし、彼女の遺体は翌日出動した現地警察に確保され、関係者も全員逮捕された。SARCOが安全規定上発売に適合せず、作動原理も関連法に抵触するという理由であった。 ◇尊厳死とPASの間で 二つの場面のうち前者は、末期がん患者などが延命治療を拒否すれば適用できる「尊厳死」に近い。多くのメディアで報道された当時、「映画みたい」という声が湧き起こったのは、安楽死を感性的に捉えたからだろう。 近年では、フィクションの中でもこうしたアプローチが目立っている。最近では、ペドロ・アルモドバル監督の映画「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」がある。 ベストセラー作家のイングリッド(ジュリアン・ムーア)が闘病中の旧友マーサ(ティルダ・スウィントン)と再会し、「“重要な瞬間”にそばにいてほしい」と頼まれることから始まる。第81回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。 後者は、安楽死について理性的(法、制度的)アプローチを試みるPAS(physician-assisted suicide、医者がほう助する自殺。「自殺ほう助」とは異なる)の世界観とつながる。スイスでは安楽死は合法化されており、SARCOで問題とされたのは商用化の可否と安い使用料だった。 この観点を反映した作品を挙げるなら、末期がん患者などの自殺を助け「死の医師」というニックネームを得た実存人物をアル・パチーノが演じた「死を処方する男 ジャック・ケヴォーキアンの真実」(バリー・レビンソン監督)がぴったりだ。 ◇SF、スリラー、群像劇で興味そらさず 「安楽死特区」は、安楽死を正面から扱った日本映画だ。興味深いのは、監督が1949年生まれの“後期高齢者”で、「DOOR」などの社会派ジャンル映画で知られ、最近では「夜明けまでバス停で」「『桐島です』」などの秀作を相次いで発表している高橋伴明であることだ。 時空間的設定が近未来だからSFと言ってもいい本作は、導入部から安楽死法案が国会を通過して作られた国家戦略特区「安楽死特区」の施設が登場し、観客を驚かせる。 ここに、安楽死に反対する若年性パーキンソン病患者のラッパー、酒匂章太郎(毎熊克哉)が、ジャーナリストの恋人、藤岡歩(大西礼芳)と共に入所する。酒匂は余命半年と宣告されているが、入所の目的は施設の実態を暴くことだ。物語にはスリラー的要素が加えられる。 施設入所者には、ライフクオリティーの低下に耐えられない典型的安楽死希望者の池田(平田満)とその妻の玉美(筒井真理子)、脳機能に問題が生じる前の死を望む、認知症患者の元漫才師、真矢(余貴美子)らがいて、群像劇でもある。ストーリーが進むうちに彼らに接点が生まれ、それぞれの物語を重ねてドラマの全体像が浮き彫りになる構成で、観客の興味をそらさない。 ◇さまざまな“最期” さまざまな仕掛けが張り巡らされている。安楽死をめぐる諸事情をキャラクターに象徴させ、尊厳死とPASの間にある多様な位相を大小のエピソードに織り交ぜる。 また、特命医として施設に勤める鳥居(奥田瑛二)や尾形(加藤雅也)、三浦(板谷由夏)ら、それぞれの思いにも触れ、実存的問題と制度が内包する構造的問題の双方から生じる苦悩を描き出した。 加えて、熟考の末に安楽死を選んだ人も端的に「自殺者」という項目にくくられてしまう、現実の非情さまで提示する。 異なる思いと事情を抱えた安楽死希望者をバランス良く配置して、観客が特定の感情にのめり込まないように配慮し、最期を自覚した登場人物が唐突に「ビールが飲みたい」と言い出すように、ステレオタイプの平面的感情描写も避けている。 こうしてトーン&ムードを偏らずに維持するために、安楽死を選ぶ者、PASに近い死を迎える者、生を選ぶ者など、それぞれの登場人物が迎える全く違う結末を、観客は息を殺して見つめることになるのだ。 ◇すぐそこまで来ている現実 「安楽死特区」は、イギリスを代表する演劇演出家であるテア・シャーロックが監督した「世界一キライなあなたに」が、暗いトーンを避けようとして「花より男子」風のキャラクター設定をしたことで辛口評論家を刺激した轍(てつ)を踏まず、むしろ、尊厳ある最期を迎えようとする父(アンドレ・デュソリエ)と向き合う娘(ソフィー・マルソー)を、「典型性のワナ」に陥らずに描いたフランソワ・オゾン監督の「すべてうまくいきますように」の道をたどっている。 ここに描かれた、生と死が選択肢として併存しうる状況は、すぐそこに迫っている現実だ。「安楽死特区」は、その複雑性を想像させ考えさせる手がかりを与える試みだったと納得する。 重いテーマではあるが、夢中になって見た後で、もっとよく生きなければならないという気持ちになれる。前向きな気持ちで帰宅したい全ての観客に、自信を持って薦める一作である。(洪相鉉)

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