イギリス政府は4月30日、同国のテロ脅威レベルを5段階中4番目に高い「深刻」に引き上げた。テロ脅威レベルが「深刻」と判断されたのは2022年2月以来で、これは、今後6カ月以内にテロ攻撃が起きる可能性が非常に高いと判断したことを意味する。 イギリスではこのところ、ユダヤ人コミュニティーを標的とした攻撃が相次いでいる。29日にはロンドン北部でユダヤ系の男性2人が刺される事件が発生した。ロンドン警視庁は、この事件をテロ事件として捜査している。 政府は30日夜、テロ脅威レベルの引き上げはゴールダーズ・グリーンの事件だけが理由ではなく、「より幅広いイスラム過激派および極右」による脅威の増大にも起因している」と述べた。 政府はまた、ユダヤ人コミュニティーにおける警察巡回や治安対策を強化するため、2500万ポンド(約53億円)の追加資金を拠出すると発表した。この資金は、シナゴーグ(ユダヤ教の礼拝施設)や学校、コミュニティーセンター周辺の追加的な防護措置にも充てられるという。 シャバナ・マムード内相は、引き上げ判断について「多くの人、とりわけこれまであまりに苦しみを重ねてきたユダヤ人コミュニティーが心配するはずだ」と述べた。 一方でマムード氏は、追加資金の拠出にも触れたうえで、政府は「反ユダヤ主義という悪を社会から一掃するため、あらゆる力を尽くす」と強調。「脅威レベルが引き上げられる中、日常生活を送る際には誰もが警戒を怠らず、懸念があれば警察に通報してほしい」と付け加えた。 ロンドン警視庁の対テロ部門を統括するローレンス・テイラー警視総監補は記者団に対し、イギリスは「しばらく前から段階的なテロの脅威を経験してきた」と話した。 「我々が扱う事件は、複数の思想にまたがって増加しており、その中で、イギリスにおけるユダヤ系およびイスラエル人の個人や機関に対する脅威が高まっている」 「我々はまた、国家と関係する主体による物理的な脅威を含め、国内に影響を及ぼす予測不可能な世界情勢にも直面している」 テイラー氏はそのうえで、警察が「国内のすべての行事」を見直すと述べた。 29日の事件では、ソマリア生まれでイギリス国籍を持つエッサ・スレイマン容疑者(45)が、シロミ・ランドさん(34)とモシ・シャインさん(76)を殺害しようとした疑いで逮捕され、現在も警察の拘束下に置かれている。 ロンドン警視庁によると、同容疑者は2020年にイギリスの過激化阻止プログラム「プリヴェント(防止、の意味)」に照会されていたが、その事案は同年後半に打ち切られていた。 警察はまた、容疑者が28日にロンドン南東部で起きた別の事件にも関与していた可能性があるとみている。 イギリスではこのところ、ユダヤ系コミュニティーを標的とした事件が相次いでいる。 昨年10月にはマンチェスターのシナゴーグに車が突っ込み、刃物による襲撃でユダヤ系の2人が死亡し、3人が重体となった。犠牲者の1人は警官の発砲で死亡した。 今年3月には、ゴールダーズ・グリーンのシナゴーグの駐車場で、ユダヤ系慈善団体が所有する救急車4台が放火された。 直近の数週間でも、ロンドン北部のフィンチリー・リフォーム・シナゴーグが攻撃を受けたほか、ケントン・ユナイテッド・シナゴーグの窓から、可燃性の促進剤の一種が入った瓶が投げ込まれる事件があった。 イギリスのテロ脅威レベルは5段階に分かれている。 危機的:近い将来に攻撃が起きる可能性が極めて高い 深刻:攻撃が起きる可能性が非常に高い 相当:攻撃が起きる可能性が高い 中程度:攻撃の可能性はあるが、高くはない 低度:攻撃が起きる可能性が極めて低い 政府によると、テロ脅威レベルを2番目に高い水準に引き上げる決定は、関係各省庁の専門家からなる「合同テロ分析センター(JTAC)」の治安・情報専門家らが行ったもので、閣僚とは独立して判断されたという。 イギリスが前回、テロ脅威レベルを「深刻」に引き上げたのは2021年11月で、リヴァプールの婦人科病院の外で車が爆発した事件と、その前月に起きたデイヴィッド・エイメス下院議員の刺殺事件を受けたものだった。 脅威レベルはその後、2022年2月に「相当」に1段階引き下げられていた。 ダン・ジャーヴィス治安担当相は、住民は「警戒と注意」を保つべきだが、「過度に不安になる必要はない」と述べた。 また、情報機関と警察、政府が「国民の安全を守るため、24時間態勢で取り組んでいる」ことに、国民は安心してほしいと語った。 一方、ロンドンのサディク・カーン市長は、武装警官を含め、市内に警察官を増派すると発表。「すべてのロンドン市民と訪問者には、私たちがこの街を守り、すべてのコミュニティーの安全を確保するため、あらゆる可能な手段を講じていることを伝えたい」と述べた。 政府は、脅威レベルの引き上げの灰家には、「ユダヤ人コミュニティーに対するものを含め、暴力行為を助長している国家と関係する物理的な脅威の増加」があると付け加えた。 これまでに起きた事件の一部は、外国の政権とつながりのある集団と関連付けられてきた。警察は、29日の攻撃については、そうした関連性は確認していない。 ロンドン警視庁のマーク・ローリー警視総監は、29日にゴールダーズ・グリーンで記者会見した際、「人種差別的で反ユダヤ主義的なヘイトクライム(憎悪犯罪)」の増加に言及した。 また、外国の組織や敵対的な国家によって、一部の人々が暴力行為を行うよう促されたり、金銭を支払われたりしていることを、警察は把握していると述べた。ただし、進行中の捜査についてはコメントできないとした。 ■スターマー首相に野次、イランへの言及に批判も 30日には、キア・スターマー首相がゴールダーズ・グリーンを訪れ、ユダヤ人のボランティア団体や救急隊員たちと面会した。集まった抗議者からは、スターマー首相に激しいやじや罵声が浴びせられた。 スターマー氏は、「非常に大きな不安と懸念」があることは理解していると述べ、「その不安はとても長いこと続いているもので、前日の恐るべきテロ攻撃が、それをさらに悪化させた」と話した。 スターマー首相は、政府が現在、「反ユダヤ主義を助長する慈善団体を閉鎖する」ためのより強力な権限や、「憎悪扇動者の入国を防ぐ」措置のほか、反ユダヤ主義的攻撃に対する量刑言い渡しを迅速化し、「より強い実際の抑止力」を持たせるなど、新たな対策の導入を検討していると述べた。 首相はまた、「イランのような国家がもたらす悪意ある脅威に対処するため、より強力な権限が必要だ」と述べ、関連法案を迅速に成立させる考えを示した。 一方で首相は、「この国の良識あるすべての人に、ユダヤ人の痛み、ユダヤ人の苦しみ、ユダヤ人の恐怖に目を向けてほしい」と呼びかけ、「この国では、あまりにも多くの人が(反ユダヤ主義を)過小評価している」と述べた。 イランの在ロンドンの大使館はゴールダーズ・グリーンでの襲撃事件を受け、「イギリスにおける暴力的な活動や事件」への関与疑惑を「断固として否定する」と述べた。 また、こうした「根拠のない非難は(中略)信頼できる証拠に欠けており、狭い政治的思惑に利用されているように見える」と付け加えた。 (英語記事 UK terrorism threat level raised to severe after Golders Green attack)