高校生の命を奪った悲惨な事故はどのように発生し、そして防ぐことはできなかったのでしょうか。 同じ時間帯、同じ道を走り、あの日を検証します。 「午前5時20分の北越高校前です。1週間前のこの時間に到着したマイクロバスに部員たちが乗り込んでいました。ただ学校に到着する前から、運転手に異変が見られていました」 防犯カメラは、高校に向かう途中とみられるマイクロバスの様子を捉えていました。 よく見ると、バスはセンターラインを大きくはみ出して走っています。 その先にある防犯カメラでは前方で停止している車のかなり手前から、じわじわと近寄る不自然な動きを見せます。 次にバスを捉えたのは、交差点を曲がるバスの様子。 ここから1分ほどのところに北越高校があり、4時50分ごろに高校へ到着したとみられています。 ソフトテニス部の顧問は午前5時20分に学校に到着しました。 【北越高校 男子ソフトテニス部 寺尾宏治顧問】 「当日の朝、私は午前5時20分頃に学校に到着しました。その時には欠席の3人を除く部員20人が集合しておりました。私が蒲原鉄道に手配したバスも到着していました」 そこには、若山哲夫容疑者と蒲原鉄道の営業担当者の姿がありました。 一方で、学校は「緑ナンバーの貸し切りバス」を手配したと言っていましたが、実際に来たのは白ナンバーのレンタカーでした。 【北越高校 男子ソフトテニス部 寺尾宏治顧問】 「事故に遭って初めて、そのバスが白ナンバーのバスであったということ、そして運転手の方も蒲原鉄道の従業員の方ではなかったということを知りまして、改めて私がちゃんと確認をするべきだったことだなというふうに思いますし…」 運転してきた若山容疑者と寺尾顧問はこの時が初対面で、若山容疑者に外に出てもらい、部員と一緒に挨拶をしたそうです。 【北越高校 男子ソフトテニス部 寺尾宏治顧問】 ― 運転手と会った時に、特に変わった様子はなかった? 「変わったというか、おかしな様子は見て取れませんでした」