20歳で急死「巨人ドラフト1位投手」の悲劇 “栄光のV9”の影で…「湯口事件」問われなかった現場責任

プロ野球・読売ジャイアンツの阿部慎之助監督(当時)が、2026年5月25日夜、家族への暴行容疑で現行犯逮捕され、翌26日、監督を辞任した。 当該事件は世間の人々が家庭内暴力について考えるきっかけとなり、一方で、球界に残るパワハラ指導や暴力的な体質にも改めて目を向けさせた。 かつて球界を含むスポーツ界では、暴力が「鉄拳制裁」「熱血指導」と美化された。指導者が選手を罵倒し、人格さえ否定するようなことも珍しくなかったとされる。 現在でもプロ・アマ問わず、指導の名を借りた暴力や圧力が問題になることはしばしばある。その象徴的な出来事として、いま見直すべき一件がある。 1970年秋のドラフトで巨人から1位指名を受けた投手が、一度も1軍のマウンドに立つことなく精神的な不調を来し、1973年、20歳の若さで急死した。この出来事は、俗に「湯口事件」と呼ばれる。(ライター:ミゾロギ・ダイスケ)

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