「船のことは何も知らない」。北海道・知床半島沖の観光船沈没事故で、逮捕された運航会社社長(61)は第1管区海上保安本部の調べにこう供述したという。平成以降、最悪の旅客船事故は発生から2年半で刑事事件に発展した。船舶が絡む海難事故で船長ではなく、船長に指示する立場の運航管理者が逮捕されるのは異例だが、背景に何があったのか。 ■目撃者おらず 事故は令和4(2022)年4月23日、知床半島西側の観光名所「カシュニの滝」沖で発生。運航会社「知床遊覧船」が所有する観光船「KAZU Ⅰ(カズ・ワン)」が沈没し、乗客乗員20人が死亡、6人が行方不明となった。 1管は9月18日、業務上過失致死と業務上過失往来危険の疑いで、知床遊覧船社長の桂田精一容疑者を逮捕し、同26日には事故で死亡した豊田徳幸船長=当時(54)=を容疑者死亡のまま同容疑で書類送検した。 だが、捜査は難航を極めた。船が単独で航行中に沈没し、乗客乗員26人は全員が死亡・行方不明となり、当時の状況を知り得る「目撃者」がいなかったからだ。1管は沈没に至ったメカニズムを解明するため、事故当時の気象データの分析や、模型を使った再現実験などを繰り返し、客観的な状況証拠を積み重ねた。 逮捕した理由について、1管は「証拠隠滅の恐れを排除できない」としたが、詳細は明らかにしていない。一義的な安全管理責任を船長が負う海難事故で、安全を確保できない場合に出航中止を船長に指示する「運航管理者」の責任を身柄を拘束してまで追及するのは珍しい。 ■供述に変化 捜査関係者によると、桂田容疑者は逮捕後の取り調べで「事故当日の出航は船長が判断した」と容疑を否認し、「自分は船の素人」と供述。事故直後の任意聴取では「責任はすべて私にある」とも話していたが、その後は事件関係者と頻繁に接触するようになり、逮捕前の聴取には「自分は何も知らなかった」と供述に変化がみられるようになったという。 海保幹部は「誰かの入れ知恵があったのか、死亡した船長に責任を転嫁するような供述に変わったと聞く。任意段階とはいえ、供述の変遷も罪証隠滅と判断した材料になったのでは」と指摘した上で、「『死人に口なし』と高をくくり、自らの責任には目をつむる。容疑者の態度を被害者家族はどう受け止めるか。遺族感情への配慮も大きかったと思う」と話す。