2026年のアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したのは、国から脱出した元ロシア人教師“パーシャ”ことパヴェル・タランキンが、デンマークを拠点とするアメリカのドキュメンタリー監督デヴィッド・ボレンスタインとともに秘密裏に制作した『プーチンの愛国教室』(25)だった。 その内容は、ウクライナ侵攻後からロシアで始まった、愛国心を植え付けようとする生々しい学校教育の実態だ。こうした映画がアメリカで大きな賞を獲得するというのは、政治的な理由だと考える人も多いだろう。「アメリカ社会も近年は偉そうなことを言えないじゃないか」という声も出てくるかもしれない。もちろん、その声ももっともである。しかし、本作で映し出される教育現場を見れば、誰もが驚かされることになるはずだ。 舞台となる、ウラル山脈のふもとにある小都市カラバシュは、先住民族の歴史とソ連時代の大規模な工業開発の影響が重なっている。かつて甚大な自然破壊と健康被害を出しながらも賑わっていたこの町も、いまでは人口が減って荒涼とした風景が広がっている。そんな町の初等・中等学校でイベントの企画や撮影を担当していたのが、教員パーシャだった。子どもたちから慕われ、充実した日々を送っていたパーシャの現実は、ロシアによるウクライナ侵攻が始まったことで、大きく変わることとなる。 政府から送られた指導者の監視の下、和やかだった学校の雰囲気が、戦時下の緊迫した空気に染まっていく。侵攻後、ロシア政府は学校での愛国教育を強化し、子どもたちに祖国への忠誠や戦争を正当化する歴史観を教え込む仕組みを整えていった。 2021年7月、プーチンはウクライナ侵攻に先立ち、「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文を発表していた。この論文では、ロシア人とウクライナ人は歴史的、精神的に一つの共同体だという認識が示されている。それだけなら融和的だといえるが、プーチンはソ連崩壊によってウクライナが独立国家になったことを、正当な歴史として認めず、ウクライナ人の独立した主権も認めていないのである。