「勉強ができる子に育ってほしい」「自分の能力で生き抜ける子になってほしい」子どもの教育を考えるとき、そんな思いを抱き、早めに勉強系の習い事や特別なカリキュラムのある幼稚園に通わせたりする家庭もあるだろう。しかし、幼児期の教育効果を20年以上にわたった追跡した研究では、子どもが自分で考えて行動し、振り返る経験の有無がその後の人生に大きな影響を与える可能性が示されている。幼児期から学童期にかけての子どもの発達を研究する、千葉大学大学院教育学研究院教授の中道圭人さんの著書『科学的根拠に基づく「引き出す」子育て 後伸びする10歳までの育て方』(日経BP)から一部抜粋・再編集して紹介する。◆さらなる追跡調査でわかった予想外の結果ハイスコープカリキュラムやダイレクトインストラクションといった特定の幼児教育によってIQは向上するものの、日本の保育園のようなナーサリースクールと有意な差は出なかったという研究(米ミシガン州で行われたペリー就学前プロジェクトで収集された縦断データを用いた研究(※1、2))を紹介してきました。●ハイスコープカリキュラム:子どもが主体的に考え、行動し、学ぶ力を育てる。現在も世界中で注目されている。●ダイレクトインストラクション:教師主導で短時間のレッスンを繰り返す。知能検査や学力検査で測ることができる言語・算数・読みの技能を教えることを重視。●ナーサリースクール:今の日本の保育園の環境と近い、自由な遊びが中心。しかし、研究者たちはそこで調査を終えませんでした。15歳、さらに23歳になった時点でも追跡調査を実施したのです。すると、予想外の結果が表れました。23歳時点で、ダイレクトインストラクションの教育を受けていた人たちはハイスコープカリキュラムを受けていた人たちに比べて重罪で逮捕されたことがある人の割合が3倍以上で、学校在籍時に情緒障害・行動上の問題として特別な支援の対象になった割合も高かったのです。一方でハイスコープカリキュラムやナーサリースクールを受けてきた子どもたちは、そのような問題が比較的少なくなっていました。つまり、IQの差としては見えなかったものが、人生全体を見渡したときには大きな違いとして表れたのです。◆人生の土台となる計画性・社会的推論では、なぜこうした違いが生まれたのでしょうか。研究者たちは、ハイスコープカリキュラムやナーサリースクールで育まれた「計画性」と「社会的推論」が重要だったのではないかと考えました。もちろん、幼児期の教育が犯罪を直接防ぐと断定できるわけではありません。しかし、衝動的な行動を抑える力や、自分の行動の先を見通して考える力は、思春期以降の様々な場面で重要になります。研究者たちは、幼児期に培ったこうした力の違いが長い年月をかけて人生の選択に影響した可能性があると考えたのです。例えばハイスコープカリキュラムでは毎日、「今日は何をするか考える」→「実際にやってみる」→「どうだったか振り返る」という「プラン(計画)・ドゥ(実行)・レビュー(振り返り)」の活動が行われます。子どもは自分で遊びや活動を選び、自分なりの目標を立て、それを実行するのです。さらに活動後には振り返りも行います。ナーサリースクールでは、そうした体系立てたカリキュラムはないものの、子どもの自発性を重んじる中で、自然と自分たちで計画したり振り返ったりする力が身に付いた可能性があります。一方、ダイレクトインストラクションでは教師が決めた内容を子どもが学ぶ時間が中心になります。学習効果はありましたが、プラン・ドゥ・レビューをする力は育たなかったと見ることができるのです。◆実行機能の大切さ読者の中には、ハイスコープカリキュラムやナーサリースクールで培われた力は、「実行機能」に関連していると感じる人がいるかもしれません。あらためて説明すると、実行機能とは、<実行機能>・抑制(脳の抑制する力):目標達成と関係のない情報や衝動的な反応を抑制する・ワーキングメモリ(脳の情報処理する力):ある情報を処理しながら、必要な情報を保持する・切り替え(脳の切り替える力):思考や行動を柔軟に切り替えるといった能力の総称です。例えば、「宿題を先に終わらせてから遊ぶ」「ゲームをやめて寝る準備をする」「難しい問題でも途中で投げ出さない」といった行動は、実行機能が働いている例です。これも繰り返しになりますが、私たちの研究(※3)では、幼児期に実行機能が高かった子どもは、小学1年生、3年生、6年生における国語と算数のテストの成績が高い傾向が見られました。実際に、ノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンさんが、幼少期にハイスコープカリキュラムを受けた子どもを55歳まで追跡調査した研究(※4)では、実行機能を測る課題の成績が高い傾向が示されました。ちなみにヘックマンさんの研究を紹介した文章などでは「非認知能力」という言葉を使われることが多くあります。多くの研究者の間では、非認知能力という広い概念の中でも、特にその土台となる能力が実行機能であると考えられています。◆大事なのは子どもの自発性と主体性ここまで読んで、「ハイスコープカリキュラムでもナーサリースクールでも実行機能が育まれるのであれば、とりあえず教員主導のダイレクトインストラクションのような先取り教育を避けさえすればいい」。さらに言えば、「費用の面などを考えるとナーサリースクールのような保育園に預ければ、それで事足りる」と考える人もいるでしょう。確かに前出の研究でも「ハイスコープカリキュラムと伝統的なナーサリースクールの長期的な効果について、一貫してどちらが優れているとは言えない」と書かれています。大事なことは「どれくらい、子どもが自発的・主体的に活動できるか」という点です。実際、我々の日本での調査(※5)でも、保育者が「子ども中心の関わり」をしているほど、子どもの社会情動的スキルが高いことが分かっています。幼稚園・保育園といった施設の形態に関わらず「その園が子どもの自発性・主体性を大事にしているかどうか」ということは押さえておいてもよいかもしれません。中道圭人千葉大学大学院教育学研究院 教授主な共著書に『幼児の演繹推論とその発達的変化』(風間書房)、『教育職・心理職のための発達心理学』(ナカニシヤ出版)、『よくわかる教育心理学』(ミネルヴァ書房)など多数。※1)Schweinhart, L. J., (2005). The High/Scope Perry preschool study through age40.High/Scope Press.※2)Schweinhart, L. J., Weikart, D. P., & Larner, M. B.(1986). Consequences of threepreschool curriculum models through age 15. Early Childhood ResearchQuarterly, 1, 15-45.※3)中道直子・中道圭人・中澤 潤 (2023). 幼児期の実行機能が児童期の学業達成に及ぼす影響. 保育学研究, 61 (2), 7-17※4)Heckman, J. J., & Karapakula, G. (2019). The Perry preschoolers at late midlife: A study in design-specific inference (Working papers(www.nber.org) No. 25888).National Bureau of Economic Research.※5)Nakamichi, K., Takahashi, M., Sunagami, F., & Iwata, M. (2022). The relationship between child-centered teaching attitudes in childcare centers and the socio-emotional development of Japanese toddlers. Early Childhood Research Quarterly, 59, 162-171.