松井秀喜が恩師長嶋茂雄と交わした約束 四半世紀の時を超えて

プロ野球巨人の新監督就任記者会見に向かう車中で、松井秀喜は24年前を思い出していた。巨人の主砲の座を自ら捨て、米大リーグ挑戦を表明した2002年11月。「何を言っても裏切り者と思われるかもしれませんが…」。それまで見たことのない険しい顔だった。 球団とその親会社からの引き留めは、慰留というレベルを超えて激しかったという。巨人の人気には陰りが見えていた。当時の読売新聞のドン、渡辺恒雄は看板選手をどうしても手放したくなかった。あるいは、選手の大リーグ流出による国内球界の空洞化という焦りもあったのかもしれない。けんか別れのようにも見えた。快くメジャーに送り出してもらえなかった松井は、憂鬱(ゆううつ)な思いで海を渡った。(時事通信解説委員 富澤高行) 時は流れ、巨人の在籍年数と同じ10年を米国でプレーした。引退後はヤンキースの育成部門に携わりながら家族とニューヨークで幸せに暮らしていた。そんな松井を動かしたのは恩師、長嶋茂雄の死だった。昨年6月、弔問直後に「長嶋監督と生前、約束したこともある。その約束を果たしたいと思う」と発言。その中身については明言しなかったが、周囲は巨人の監督を引き受ける腹を決めたのだと受け止めた。

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