「くだらない英雄」を見たことがあるだろうか。そのような英雄は存在しない。英雄は自信を持って先頭に立ち、圧倒的な能力で事を成し遂げる。失敗した時は潔く運命に従う。そうすることで、せめて「惜しむべき英雄」として記憶する人くらいは残るし、あがめるシャーマンくらいは出てくる。「親衛クーデター」を敢行して失敗し、逮捕・拘束を免れようとあらゆる努力をした「一時は大統領だった尹錫悦(ユン・ソクヨル)」は、そもそも英雄になり損ねた。彼の命令に従って拘束された(階級章の)星を数えるだけでも15個だ。だが「自分は命じていない」と言い逃れをしている。 昨年12月3日夜、非常戒厳が宣布された時、ある人物がインターネットにこのような文章を載せた。「これまでやってきたことを考えてみろ、まともにやれると思うか? 心配するな」。冗談めかしているが的を射ている。尹錫悦政権が成し遂げたことと言えば、経済危機と民生破綻だけだ。11月29日に発表された韓国ギャラップの世論調査では、「国政をうまく運営している」という回答が政権崩壊ラインを下回る19%にまで下落していた。その4日後、大統領尹錫悦は自身に背を向けた国民に銃口を向けた。 憲法に発動要件がない非常戒厳を国務会議でのまともな審議もなしに宣布し、「国会および政党の政治活動を一切禁止」するとする布告令で親衛クーデターであることを世に知らしめた。内乱重要任務従事の疑いで拘束された者たちは、彼に与野党の代表と主要人物らを、中央選挙管理委員会の職員らを逮捕せよと指示されたと吐露した。「屁こきのバカ」でなければ、裁判所が現職大統領の拘束令状を発行した意味が分からないはずがない。 拘置所に閉じ込められても「大統領のふり」に熱心な尹錫悦と同様、与党「国民の力」の指導部と参謀たちは前後をわきまえない。最初は国会で選出された憲法裁判官の任命を妨害し、逮捕・拘束の執行を妨害するためにあらゆる策を講じた。さらには12・3内乱を、不正選挙で多数党になった野党の暴走に警告を発するために、少しのあいだ大統領の非常戒厳権を発動したものだと言い張っている。 陣営間の対決心理をあおって支持者を結集させることを狙った試みは、一部には効果が出ている。世論調査の回答率が急騰するとともに、自身の政治指向を保守だと表明する回答者の割合が大きく高まっている。弾劾賛成率が下がり、国民の力の支持率が共に民主党を上回ったという調査も複数発表されている。1月19日にチョン・ジンソク秘書室長はこう語っている。「(12・3非常戒厳が)憲政紊乱(びんらん)を目的とする暴動なのか、憲政紊乱を止めるための非常措置なのか、最後は国民が判断することになるだろう」。世論調査の数字に酔った妄言だ。 人は少しの間だますことはできても、永遠にだますことはできない。弾劾審判と刑事裁判が進めば、隅々まで明らかになった真実にもとづいて憲法裁判所と裁判所が明確な判断を下すだろう。「尹の復帰」に期待を膨らませていた人々は「メンタル崩壊」に陥るだろう。その時に襲ってくる絶望や裏切られたという思いに責任を取る人物が、ただの一人でもいるだろうか。いないはずだ。 経済が底なしに落ち込む中、国民の力は内乱前よりさらに「尹錫悦の党」になっている。尹大統領側は弾劾審判の弁論にも堂々と臨んでいない。裁判官の政治指向に言いがかりをつけるなどの「憲法裁叩き」ばかりに没頭している。時間を引っ張って、くぐり抜けられる穴でも探してみようという試みだ。憲法裁に「罷免」されても承服すらしない態勢だ。それがまもなく行われる可能性の高い大統領選挙に候補を立てる名目に火をつける行為であることは、分かっているのだろうか。国民の力は「大統領の復位」を叫びながら選挙を拒否しなければつじつまが合わなくなる。「不正選挙をすることが明らかなのに、候補など立てられない」と言って励まし合ってこそ一貫性がある。 候補を立てる資格はなおさらない。国民の力は検察総長尹錫悦を「公正と常識」のアイコンに仕立てて候補に立て、当選させ、理解できない人事と政策を後押ししながら権力を分かち合ってきた。それに未練を感じて、国民に銃口を向けた親衛クーデターすら擁護している。「ソウル西部地方裁判所暴動」の責任からも自由にはなり得ない。尹大統領が罷免されれば、国民の力(セヌリ党)が候補に立てて当選させた2人の大統領が相次いで任期中にその座を追われることになる。国民の前で伏して謝罪し、党を解散しなければならないほどのことだ。法治が民主主義の柱であることを知る政治家なら、そのような党の候補になるとは言い出しもしないだろう。 あの夜、命が危ないと知りながら銃を手にした戒厳軍を阻むために汝矣島(ヨイド)に駆けつけた市民たちを、私たちは見た。彼らがいなかったら、今このようなことが言える世の中だったろうか。英雄といったら彼らしかいない。韓国国民の大半は彼らの側にいる。今もそうだし、今後はさらにそうだろう。どの国の歴史にも「くだらない英雄」は存在しない。 チョン・ナムグ|経済産業部先任記者 (お問い合わせ [email protected] )