東京大学在学中にリクルートを創業し、グループ27社を擁する大企業に育てた江副浩正氏(1936〜2013年)。1989年に「リクルート事件」で逮捕されるまで、卓越したベンチャー経営者として脚光を浴び、没後10年を過ぎた現在も高い評価が聞かれる。レジェンドとなった“ビジネスモデルの革命児”は何が優れていたのか。本連載では『起業の天才! 江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男』(大西康之著/新潮社)から内容の一部を抜粋・再編集し、挑戦と変革を追いつづけた起業家の実像に迫る。 今回は、好調だった求人広告が激減した際に江副氏が見せた素顔、「カリスマ性がない」と自他ともに認めていた「江副流マネジメント」を紹介する。 ■ 「君はどうしたいの?」 江副浩正は、自分にはない才能をもつ人材を見出(みいだ)し、その人を生かすマネジメントの天才だったことはすでに書いた。一方で、ベンチャー企業を率いる多くの起業家が、もちあわせている資質が欠けていた。カリスマ性である。 「経営の神様」松下幸之助や中内功(「功」は正しくは「工偏に刀」)、本田宗一郎といったカリスマ型経営者は、強烈なリーダーシップを発揮して、倒産寸前、絶体絶命の危機を何度も乗り越えてきた。 「心理学」を経営に生かそうと試みていた江副や大沢武志は、カリスマの「リーダーシップ」に置き代われるものを見出す。それは、社員の「モチベーション」だった。 1979年に商社から中途入社し、後に江副の側近となる吉井信隆(よしいのぶたか)は、江副と若い社員の対話を聞いてあることに気づいた。 江副は自分を含めた社員に対して「こうしろ」とは言わない。社員が常々、不満を持っている事業や、自分が「やってみたい」とか「変えなければいけない」と思っている事柄について「君はどうしたいの?」と問いかけるのだ。 社長に「どうしたい?」と聞かれた社員ははじめ戸惑うが、江副は「それで?」とがまん強く社員の意見を促す。その様子を吉井はこう解説する。