作家ラシュディ氏、講演で何度も刺され「死ぬと思った」 法廷で当時の状況語る

2022年8月に米ニューヨーク州で、英作家サー・サルマン・ラシュディ(77)が講演中に刺された事件の公判が11日、ニューヨークの裁判所で開かれた。証人席についたラシュディ氏は当時について、壇上で何度も刺され、自分は死ぬんだと思ったと語った。ラシュディ氏はこの事件で片目を失明した。 ラシュディ氏に対する殺人未遂と暴行の罪に問われているのは、ハディ・マタル被告(27)。被告は無罪を主張している。 この日の公判は、ラシュディ氏が2022年8月12日に襲われた場所から数キロメートルの場所にある、ニューヨーク州の裁判所で開かれた。 インド出身でイギリス国籍の著名な作家ラシュディ氏は、1981年出版の小説「真夜中の子供たち」で一躍有名になった。同小説は英国内だけで100万部以上を売り上げた。 しかし、1988年出版の4作目の小説「悪魔の詩」をきっかけに、9年もの間身を隠さざるを得なくなった。 超現実主義でポスト・モダンなこの小説は、その内容がイスラム教を冒涜(ぼうとく)しているとして一部のイスラム教徒の怒りを買い、いくつかの国で出版が禁止された。 (注意:この記事には痛ましい内容が含まれます) 検察は11日朝、ラシュディ氏を最初の証人として証言台に呼び、襲撃の前後のことを思い出すよう求めた。検察は被告の犯行動機を明らかにしていない。 ラシュディ氏は、事件が起きた日のことを陪審員に語った。 講演のために壇上に立ち、司会者から紹介された直後に、右側から誰かが突進してくるのに気がついたと、ラシュディ氏は述べた。 その人物について、黒っぽい服を着て、顔を覆っていたとし、「敵意に満ちた非常にどう猛な」目つきに衝撃を受けたとした。 最初の一撃を右あごと首に感じ、初めは殴られたと思ったが、自分の服に血が流れていることに気がついたという。 「その時点で、彼は私を繰り返し殴り、刺し、切りつけていた」と、ラシュディ氏は述べた。また、数秒のうちに事件が起きたと、付け加えた。 ラシュディ氏は、15回襲われ、目や頬、首、胸、胴体、太ももに傷を負ったと、法廷で語った。 身を守ろうとした際に左手も刺されたという。 刃物で刺された目の傷が一番痛かったと、ラシュディ氏は述べた。 証言の途中で、ラシュディ氏はかけていた眼鏡をはずし、暗い色のレンズで隠されていた右目の傷を陪審員に見せた。 「ご覧の通り、これがその傷跡だ」、「目の視力はまったくない」と、ラシュディ氏は述べた。 暗い色のスーツを着たラシュディ氏が証言する間、マタル被告はしばしば下を向き、二人が目を合わせる様子はみられなかった。 ラシュディ氏の妻は法廷で、事件について夫が語る間、涙を流していた。 ■預言者ムハンマドの描写めぐり殺害予告 ラシュディ氏は1988年に小説「悪魔の詩」を出版して以降、身の危険を感じてきた。預言者ムハンマドの生涯にインスパイアされた、超現実主義でポスト・モダンなこの小説は、西側諸国では高い評判と複数の賞を獲得したが、多くのイスラム教徒はイスラム教を冒涜しているとみなし、いくつかの国で出版が禁止された。イランの宗教指導者たちは、ラシュディ氏を殺害した者に懸賞金を支払うとする「ファトワ」(イスラム教の法学者が宗教的な立場から出す勧告や判断)を発した。 「ファトワ」によって、ラシュディ氏は数えきれないほどの殺害予告に直面することになり、9年もの間身を隠さざるを得なくなった。 殺傷事件の2週間前、ラシュディ氏はドイツ誌に対し、脅迫が減ったため、「比較的普通の」生活を送っていると語っていた。 しかし、ニューヨーク州での事件は、ラシュディ氏の「安心感」を打ち砕いた。 襲われた直後、「自分は死ぬんだとはっきり思った。そういう思いで頭の中がいっぱいだった」と、ラシュディ氏は法廷で語った。 また、自分が「血の湖」の中に横たわっているように感じたとも述べた。 観客らがマタル被告を取り押さたことについても思い返し、「そのおかげで、私は生き延びることができた」とした。 ラシュディ氏は陪審員に対し、事件後に自分は外傷センターに空路で運ばれ、17日間治療を受けたと語った。 マタル被告は現場で逮捕された。 マタル被告の弁護人、リン・シャファー氏は、ラシュディ氏に対する反対尋問で、ラシュディ氏が受けたトラウマの影響から、事件に関するラシュディ氏の記憶の信頼性に疑問を呈した。 ラシュディ氏は、トラウマは人の記憶を書き換える可能性があるとしつつ、自分が15回襲われたことは確かだと付け加えた。 「あの後、自分の身体にある(傷を)見た」、「誰かに言われるまでもなかった」とラシュディ氏は述べた。 事件より前に、マタル被告との接点はあったかと問われると、なかったとラシュディ氏は答えた。また、被告は自分に対して何も言わなかったとした。 今後、ラシュディ氏の手術を担当した外科医や、事件に対応した警官など、さらに多くの証人が法廷で語る見通し。 (英語記事 Salman Rushdie tells court he thought he was dying after stabbing)

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