アングル:英国の密入国対策法案、組織的ギャング標的は的外れか

Beatrice Tridimas [ロンドン 12日 トムソン・ロイター財団] – 英国議会は2月、薄っぺらいゴムボートで英仏海峡を渡って来る密入国者の急増を抑えるため、渡航の手引きをする犯罪組織を取り締まる法案を審議する。しかし専門家によると、この法律では密入国を阻止することはできないという。 専門家は、この「国境警備・亡命・移民法案」や欧州各国で不法入国阻止のために施行されている法律について、間違った対象を標的にしていると指摘する。欧州を目指す人々を、さらに危険な旅へと駆り立てることにもなるという。 国連薬物犯罪事務所(UNODC)の研究員、クレア・ヒーリー氏は「密入国を阻止したいのであれば、需要に目を向けるという異なるアプローチを取るべきだ」と語る。「難民や移民が密入国業者に近づくのであって、その逆ではない。つまり、渡航したいという需要は、合法的な手段を利用できない難民や移民の側から生じている」 欧州全域で密入国対策が採られているが、調査によると効果は上がっていない。入国を手助けするのは、国際的なギャングよりも個人や非公式な協力者である場合が多い。 移民問題は、労働党のスターマー党首が首相に就任するに至った昨年の英総選挙において重要な争点のひとつだった。労働党は現在、英仏海峡を渡る不法入国者を減らすよう迫られている。 2024年に英仏海峡を渡ったボートは約700隻で、3万6800人以上が運ばれた。これは前の年に比べて25%増えているが、22年の4万5791人よりは少ない。 英仏海峡をボートで渡ろうとする移民は、命を落とすことも多い。クーパー内相は12月、英国にはギャングを取り締まる以外に「選択肢はない」と述べ、安全なルートを拡大することが代替策になるとは思わないと明言した。 今年1月に議会に提出された国境警備・亡命・移民法案では、不法移民をアフリカ中部ルワンダに移送し、同国に亡命申請審査を委託するという前保守党政権の計画を廃止。不法移民対策として、国内外の犯罪対策部隊の調整を任務とする国境警備司令部の設置を定めている。 クーパー氏は、司令部の活動は今後拡大していくが、当面の最優先事項はギャングの取り締まりだとの見方を示した。 <国際ギャングか、一匹狼か> この法案では、移民犯罪に対処するためにテロ対策の各種法律が初めて適用されることになっている。移民局と犯罪取締機関が犯罪行為に迅速に介入できるよう法執行権限が拡大され、小型ボートの部品など、不法入国を容易にする物品の供給が犯罪行為とされる。 政府は、監視技術に1億5000万ポンド(1億8800万ドル)を投じ、国境犯罪局(NCA)の捜査官を数百人採用して国境警備司令官の指揮下にあるタスクフォースと協力させる予定だ。 だがヒーリー氏など欧米の研究者によると、密入国を手引きする者やその手法は多様だが、組織的かつ国際的な規模で活動することはまれだという。 密入国の仲介者は移民自身であることが多く、単独で、または臨時の協力者と共に行動している。時には、組織化された集団に支払う代金を節約するため、自らボートを操ることもある。 「(末端の犯罪者を)逮捕し起訴しても、彼らは替えが効くし、密入国業者ですらない移民や難民であることを考えると、ほとんど効果はないだろう」とヒーリー氏は言う。 オックスフォード大学の研究者らによると、書類不携帯での入国や入国幇助(ほうじょ)を犯罪行為とした22年の英国籍・国境法は、犯罪ネットワークに関与する人々を捕らえるのに失敗している。 その代わりに、18歳未満の者を含む何百人もの移民や難民申請者、あるいは人身売買の被害者が逮捕、収監されていることが調査で明らかになった。 この調査報告書を執筆したビクトリア・テイラー氏は「ギャング壊滅という大看板の下、他の多くの人々の収監が正当化されている」と指摘した。 <命がけの渡航> NCAによると、英国の移民犯罪対策タスクフォース「プロジェクト・インビガー」は、海外の密入国ネットワークを摘発したが、組織犯罪のビジネスモデルには短期的な影響しか与えなかった。その結果、「小型ボートの装備の調達と供給ルートが多様化された」という。 複数の研究によると、欧州諸国の移民政策に対応して密入国ネットワークはさらに広がって高額になる一方、渡航の危険度は増している。 国際移住機関(IOM)によると、24年には英仏海峡で記録上、少なくとも82人が死亡した。年間では過去最多となる。 難民評議会は1月の報告書で、密入国組織の取り締まり強化により、ボート1隻に詰め込まれる人数が増えて英仏海峡ルートはさらに危険になっていると指摘した。 <国際的な協力> ヒーリー氏は、密入国で最も利益を得て移民を虐待や搾取にさらしている犯罪組織の上層部を標的にするためには、諸外国との合同捜査が重要だと述べた。 ただ同氏は、安全で合法的なルートを整備することも必要だと指摘。22年のロシアによる侵攻後、ウクライナ人に法的保護が提供され、搾取や人身売買を抑える結果となったという国連の調査に言及した。調査結果は2月中に公表される予定だ。 「不法移民や密入国の防止について語る場合、参考にできる成功例はそれほど多くない。ただこのケースでは、犯罪や虐待を防止できたと自信を持って言える」とヒーリー氏は語った。

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