元麻薬取締官の高濱良次氏が36年間の「マトリ」生活で最も記憶に残る事件について語ったインタビューの後編。大都市での〝論理〟が通じない地方都市では、反社組織から徹底的に敵視され、時には激しい抵抗に遭うこともあったという──。 【前編】【麻薬Gメンの〝記憶に残る〟事件簿】売人が後生大事に抱えていた紙袋から出てきた意外な〝ブツ〟とは ◆命の危険も覚悟した地方都市の現場 地方の中核都市の特徴としては、時代が変わっても覚醒剤、もしくは大麻が薬物売買の主流だといった話は先にもしたけど、その担い手が暴力団だという点もそう。その中にはかつて広域暴力団相手の抗争にも一歩もひかなかったことを誇りにしているような組もあって、そういった連中は、警察官や我々捜査官に対しても捜索現場で激しく抵抗して、暴れ出すわけよ。 例えば広島などで、組事務所などに我々が捜索に行くと、相手の鼻息も荒く、因縁をつけてはすぐに暴れることも度々あったために、そのたびに苦労した記憶がある。 1994年(平成6年)の1月にガサ入れを行った現場は、郊外の民家で暴力団員が覚醒剤を密売しているという情報だった。暴力団員は拳銃で武装しているという話だったので、こちらもかなり緊張しちゃってね。夕方、現場に向かう途中で広島の駅前で楽しそうにしている家族連れを車の窓越しに見て、(もしかしたら自分は棺桶に入って帰ってくることになるのかなあ)なんて思ったりね。 こちらは10人体制で、私などは当時支給されてた重い鉄板の防弾チョッキを着用して、拳銃も携帯していた。30代ぐらいの客の男が密売所に入って行ったタイミングで、指揮官の私がゴーサインを出して突入したんだけど、私はブロック塀を乗り越えようとしたものの、当時の鉄板が入った「金的」を守る防弾チョッキで足が上がらなくて、踏み込むのが一歩遅れてしまった。 こういったガサの場合、通常はまず客を押さえてその場で留め置いてから、売人も押さえるわけ。つまり売ったほうと買ったほうを同時に抑えて最終的に逮捕に持っていくんだけれども、みんな相手は拳銃を持っているっていうのが頭にあるから、客をすっ飛ばして全員が売人に向かって行ってしまったわけよ。 「拳銃出せコラ!」って。それで売人を引き倒して寄ってたかってボコボコにしちゃっていた。売人も取締官たちの鬼気迫る剣幕にすっかり押されて蚊の泣くような声で「ありません」と叫ぶのがやっとの状態。もはやシャブどころじゃなくて、すっかり拳銃の話になってしまってた。 でも、自分もやっぱり怖かったから、気持ちはわかります。客は逃してしまったけど、覚醒剤が発見されたので売人は現行犯逮捕できた。やっぱり、日頃から歯向かってくる相手だったから、こういうことも起きる訳ですよ。 「あの✖✖みたいにしてやろうか」 私が取締官になってから、生涯を通じてやっているのは、電車のホームでは一番前には立たないこと。後ろから蹴飛ばされたり、突き飛ばされたら一巻の終わりだからね。それは、取締官になって最初に近畿麻薬取締官事務所に配属された時から、ずっと暴力団を相手にしていて身についた習性というか。 1990年(平成2年)に横浜の幹線道路上でランドクルーザーに乗った暴力団員2名が、覚醒剤を売りさばいているという情報があったのよ。それで連中の車を公用車で挟んで動けなくしたうえで彼らの身体や車を検査して、出てきた覚醒剤で逮捕しようと、公用車7台、総勢20名近い体制で出動した。 ランドクルーザーを探しまわっていたら、幸運にも組事務所付近の路上に停車して、車外で談笑していた組員2人を発見した。それで一斉に車で取り囲んで、まず2人の身柄を押さえ、その後の車内の捜索で見つかった10gくらいの覚醒剤で逮捕したんです。ところが組事務所近くだったもんだから、異変を感じた幹部らしき男が、その場にやって来た。 男は、指揮官の私に向かって「お前、あの××みたいにしてやろうか」ってスゴんだんよ。××っていうのは私の先輩の名前なんだけど、おそらくね、以前にこいつらにやられたんやと思う。彼からそんな話は聞いたことはないけど。 私がしらばっくれて「何の話やコラ!」と言うと、男は、これはダメだと思ったんだろうね。そのまま帰って行った。でも、その幹部の言うように本当にやられたらたまったものではない。それからしばらくの間は、暗く寂しい夜道を歩く時はコースを変えてみたりして、かなり気をつけていたね。 ◆暴力団員に徹底して名前を売った 大都市であれ地方都市であれ、暴力団員は暴れさせたら何をされるかわからんのよ。私がまだ若い時分に西成で覚醒剤を所持していた暴力団員の売人を呼び止めたら、暴れ出して、その場にいた4人の取締官でその男を倒して動きを封じたんだけど、そのうちの1人の取締官の手が、たまたまその男の口付近にあったため、指をバクッと噛まれて骨を折られたことがあった。 でも暴力団員の中で〝えげつないヤツ〟として名前が売れると、そういうことはされないわけよ。逮捕された連中は、刑務所の中で他の暴力団員から、どうやってパクられたって話を聞かれる。その時に「担当は誰や」っていう話になるから、名前が知れ渡るように私も徹底してヤツらをいじめたわけや。 薬物は持っとる時点で犯罪なので、そいつが否認したとしても間違いなく懲役に行くわけよ。だから私はよく「どんどん否認せえ。その代わり、暴力団なら懲役は5割増しだ」と言ってやった。また、朝9時から夜の9時くらいまで取り調べて、昼、晩飯の時にはお茶を飲ませるけど、それ以外は何も飲ませないし食わせない。すると「あんた、えげつないことするんやなあ」と言われる。そうすると「高濱というやつはろくなやつじゃない」という噂が広まる。捜索現場に行って、私が高濱だってわかると「これは逆らうとやばいな」って思うから絶対に暴れない。 暴力団員の間に顔を売ると、それによって現場で暴れない、暴れさせないということが起こる。でもそれは東京や大阪の大都市では通じるけど、地方都市では通じない。「警察がなんぼのもんじゃい」とか言われる。 また相手も、警察官や我々と話している現場を見られると、すぐ組を破門されたりする。そのため我々に対しては徹底的に敵視してくるだけに、始末が悪い。そういう意味でも大都市での切った張ったと同じぐらい、地方の事件は印象に残っているよね。 『マトリの独り言 元麻薬取締官が言い残したいこと』(高濱良次・著/文芸社)