刑務所に収監された人々に日用品や食品を届ける“差入代行業”という職業をご存じだろうか。『泥棒役者』(17)以来8年ぶりの主演となる丸山隆平が差入屋の店主に扮した『金子差入店』(5月16日公開)は、差入代行業をテーマに社会の裏側に潜む問題を描きだしつつも、最後は心に希望の灯りをともす感動作だ。 ハラハラと胸に迫るサスペンス、謎解き要素のあるミステリー、キャラクターの心の機微を丁寧に描くヒューマンドラマの要素を組み合わせた作品は、心の奥深くにまでしみわたるものが数多く存在する。そこで今回はそのなかでも特に「泣ける」映画たちを紹介したい。 ■罪を犯した人間とその周囲の人々を新しい視点で見つめる『金子差入店』 差入店を営む金子真司(丸山)は、妻の美和子(真木よう子)と息子、そして店を引退した伯父の星田(寺尾聰)と共に穏やかな日々を送っていた。しかしある日、家族ぐるみで付き合いのある息子の幼なじみの少女が見ず知らずの男、小島高史(北村匠海)に殺害される事件が発生する。金子一家は深い喪失感に苛まれるが、そんななか、小島の母親、こず江(根岸季衣)から収監中の息子への差入と手紙を代読する依頼が舞い込む。戸惑いながらも仕事を引き受ける真司だったが、高史の不可解な態度と言動にしだいに心をかき乱されていく。 毎日のように拘置所を訪れる真司は、ある時、自分の母親を殺した男、横川(岸谷五朗)との面会を求め続ける女子高生(川口真奈)の存在に気づく。本心が見えない高史と目的が見えない行動を取る女子高生。この2つの事件と向き合ううち、人には言えない事情を抱えた真司の過去が明らかになっていくのだが、否応なしに自らと対峙することになった真司の姿には心が揺さぶられる。物語の最後には、差入品だけではなく、“人の想い”や“赦し”も届けることができる差入代行業を通じて、彼が希望を見いだしていく姿に目頭が熱くなること請け合いだ。 ある事情を抱えながら、家族のために懸命に働く真司を演じた丸山は、これまでとは一線を画す深みのある演技を披露。時には高まる感情を抑えきれない、起伏が大きい主人公を迫真の演技で体現した。また、そんな主人公を叱咤し支える妻の美和子を真木よう子が演じているほか、寺尾聰、北村匠海、村川絵梨、根岸季衣、甲本雅裕、岸谷五朗、名取裕子ら実力派俳優陣も集結。多くを語ろうとしない横川を熱演した岸谷の圧倒的な存在感にも注目しつつ、豪華アンサンブルを堪能してほしい。 この豪華俳優陣が紡ぐ物語に、多くの著名人からも感動の声が寄せられている。各地の少年院で講演を続けるお笑い芸人のゴルゴ松本からは、「目を背けたくなるような現実のなかで精一杯もがく“命”たちの生き様。これまで少年院で触れ合ってきた子どもたちにも“人の心”があることを思い出させてくれる作品でした」と自身の経験と重ねるコメントが。また、戸田恵梨香からは「なにかを守るために生きる。強くて儚く、悲しくて優しいその姿が明日からの日常を生きる私たちを勇気づけてくれる」、山田裕貴からは「この作品を覗くと突きつけられる。本当と心は殺されていく。世が社会がルールが人間が、真実を希望を志を砕いてくる。邪魔をしてくる。僕がいま、観るべき映画だった」、そして伊藤沙莉からは「信じたり疑ったりしながら生きていくしかないけど目を逸らさないことが大事なんだと、この映画を観て改めて思った」といったコメントが届いており、多くの人々が『金子差入店』の物語に心を大きく動かされていることがわかる。 ■天才数学者が仕掛けた謎に隠された“献身”とは『容疑者Xの献身』 東野圭吾のベストセラー小説を映画化した、知性と感情が交錯する『容疑者Xの献身』(08)。テレビ版に引き続き福山雅治が天才物理学者の湯川を演じて大ヒットを飛ばし、大人気「ガリレオ」シリーズとしてこれまで3作が劇場公開された。 惨殺された男性の遺体が発見され、被害者の元妻、靖子(松雪泰子)に疑いがかかる。しかし、彼女には完璧なアリバイがあり、捜査協力を依頼された湯川は靖子の隣人で自身の高校時代の友人である数学者の石神(堤真一)に目をつける。 数学者と物理学者という異なる天才同士の対決を軸に、殺人事件の真相と誰にも気づかれなかった“献身”が静かに浮かび上がってくる。湯川と石神との知的対決と、論理で積み上げられたトリックの先にある“人間の情”に様々な想いが押し寄せる珠玉作だ。 ■被告人と弁護士の対話を通し、倫理と真実を問い直す『三度目の殺人』 是枝裕和監督が挑む、法廷を舞台に倫理と真実を問い直す『三度目の殺人』(17)。殺人事件の加害者と弁護士の対話を通じて、“人が人を裁く”という根源的な問いが観客に突きつけられ、重厚な心理劇としても見応えのある一作に仕上がっている。 弁護士の重盛(福山雅治)は、工場経営者を殺害して現金を奪ったとされる男、三隅(役所広司)の弁護を担当する。だが三隅の供述は二転三転し、事件の動機すら曖昧なまま。やがて重盛は被害者の娘、咲江(広瀬すず)と三隅の接点や事件の背後にある事情を知ることになる。 事件の真相よりもその奥に潜む人間の本質に迫る構成が異色な本作。面会を重ねるごとに揺らぐ“正しさ”は、観る側の倫理観をも激しく揺さぶってくる。静謐な映像と緊張感ある対話劇が法廷ドラマの枠を超えた哲学的な味わいを生み、翻弄されながらも胸を打つ。 ■せつなく壮絶な女性の物語…“母娘の絆”とはなにかに迫る『八日目の蝉』 少女誘拐事件というショッキングな事件を題材にした角田光代の傑作小説をベースに、“母娘の絆”とはなんなのか?を問う成島出監督作『八日目の蝉』(11)。子供を誘拐した女性と、誘拐犯に育てられた少女。2人の視点から過去と現在が交錯し、せつなさと赦しに満ちた物語が紡がれる。 不倫相手の子どもを誘拐した希和子(永作博美)は、逃亡を続けながらも“母”として少女を育てていた。だが数年後、警察に逮捕され、少女の恵理菜は実の家族のもとへ戻される。そして時が流れ、成長した恵理菜(井上真央)は過去を知る旅に出る。 この作品の最大の魅力は、犯罪と愛情の狭間にある母性を繊細に描いた点。緊張感に満ちた逃亡生活と、お互いを慕い合う母娘のような2人の穏やかな時間の対比がせつない余韻を残す。この過去をどう受け止めるかを静かに問いかける物語が、観る者にも“赦し”の意味を考えさせることだろう。 ■30年以上前の脅迫事件をテーマに、事件に翻弄される人々を描く『罪の声』 小栗旬と星野源が共演した『罪の声』(20)は、実際に起きた昭和の未解決事件をモチーフに、事件に隠された真実とそこに関わる人々の人生を描く。事件の解明に燃える記者と一人の男性の執念が、時代の闇にひと筋の光を当てる。 新聞記者の阿久津(小栗)は、未解決の企業脅迫事件を再取材するなかで脅迫テープに子どもの声が録音された経緯に疑問を持つ。一方、京都でテーラーを営む曽根(星野)は、父の遺品から自分の声が企業脅迫事件に使われた証拠を見つけ衝撃を受ける。それぞれに始まった調査はやがて交錯し、事件の真相と加害者家族の知られざる人生が明かされていく。 この作品では事件そのものよりも “そのあと”を生きる人々の姿に焦点を当てたことで、深い思索を誘う。過去の罪が無数の人生に及ぼした影響、そしてそれでもなお前を向こうとする人間の強さが印象的な作品となっている。 ■生活保護の実情を描き、“命の価値”を問う『護られなかった者たちへ』 ベストセラー作家の中山七里による同名小説を瀬々敬久監督が映画化した『護られなかった者たちへ』(21)。生活保護制度をめぐる問題を背景に、連続殺人事件の真相に迫る重厚な社会派映画の側面も併せ持つ。貧困と行政、そして“命の価値”を問うストーリーが、多くの観客に衝撃と感動をもたらした。 仙台市内で福祉職員が相次いで殺害される事件が発生。容疑者として浮上したのはかつて生活保護を受けていた男、利根(佐藤健)だ。だが捜査が進むにつれ、事件の背景には制度の綻びや人々の見えない苦しみがあるという事実が浮かび上がってくる。担当刑事の笘篠(阿部寛)は、利根の過去に迫りながら事件の真の意味を探り始める。 本作は、貧困や孤独といった社会的テーマを直視するだけでなく、そこに生きる人々の“声なき声”をすくい上げている点が秀逸。しだいに曖昧になっていく加害者と被害者の境界線が人間の複雑さと同時にやるせなさを醸す、心をわしづかみにされる感動の物語だ。 ミステリーやサスペンスというジャンルの枠を超え、人の心の奥深くに届いて深い感動を与えてくれる作品たち。その系譜に新たに名を連ねる『金子差入店』を観て、心を揺さぶられつつ希望の意味をかみしめたい。 文/足立美由紀