「爆発音なきテロ」──進化する脅威の主戦場はスマホの中に

国際社会ではテロの脅威は終わったとの認識が先行している。しかし、それは終わっておらず新たな段階に入ったというのが現実である。【和田大樹】 現代のテロリズムは、技術の進化と地政学的変動により、新たな局面を迎えている。ウクライナ中東における戦争、中国の動向などに焦点が当てられているが、アルカイダやイスラム国(IS)の関連組織は、地域的な勢力拡大を続け、人工知能(AI)やソーシャルメディアを活用したプロパガンダで世界中の過激派を動員している。 一方で、米国をはじめとする西側諸国では、対テロ予算の削減や「対テロ疲れ」が進み、新たな脅威への対応が遅れている。 【アルカイダとその地域支部の持続的脅威】 アルカイダは、かつての9/11同時多発テロのような大規模攻撃を直接指揮する力は失ったものの、アルカイダを支持する地域的な武装勢力は依然として活発である。特に、ソマリアのアル・シャバブとサヘル地域のジャマア・ヌスラト・ウル・イスラム・ワ・アル・ムスリミン(JNIM)は勢力を拡大している。 グローバル・テロリズム・インデックス(GTI)によると、サヘル地域はテロ事件、死者数、負傷者数、拉致者数で世界のテロの震源地となっており、ブルキナファソ、マリ、ニジェール、ナイジェリア、ソマリア、カメルーンが上位10カ国に名を連ねる。 この地域は4年連続でテロによる死者数が最も多い地域となり、JNIMやイスラム国サヘル州(ISSP)、イスラム国西アフリカ州(ISWAP)が混乱を助長している。 アフガニスタンでは、2021年の米軍撤退以降、情報収集の空白地帯が生じ、アルカイダの活動に関する信頼できる情報が不足している。米下院外交委員会では、アフガニスタンが再びテロリストの安全な避難所となり、地域や世界への攻撃能力を強化しているとの懸念も示され、国連監視チームも、アルカイダが外部作戦への野心を維持していると指摘している。 2025年6月には、フィラデルフィアでアルカイダのメンバーと疑われるタジキスタン出身者が逮捕される事件も明らかになっている。 【テロと新興技術】 イスラム国ホラサン州(ISKP)は、2024年にトルコ、イラン、ロシアで高注目度の攻撃を実施し、ヨーロッパでも複数の陰謀を企てた。2025年前半は目立った攻撃が少ないものの、オンラインでの活動は活発で、複数の言語(パシュトー語、ダリー語、アラビア語など)でプロパガンダを展開し、TelegramやTikTok、Facebookなどのプラットフォームを活用している。 特に、生成AIを活用して各国向けにカスタマイズされたプロパガンダを大規模に配信する可能性が指摘されており、単独行動者や過激派の動機づけに大きな影響を与えている。 テロリストは、ドローン、AI、暗号通貨、暗号化技術、3Dプリンティングなどの新興技術を攻撃の力の増幅器として利用している。2025年元旦のニューオーリンズで発生したトラック襲撃事件では、実行者がMetaスマートグラスを使用し、1月3日にラスベガスで発生したテスラサイバートラック爆弾事件では、ChatGPTが攻撃計画に活用された。 これらの事例は、テロリストが攻撃計画の各段階で新興技術を活用することが、例外ではなく標準となりつつあることを示している。 また、サイバー空間でのテロ活動も拡大している。テロ組織や敵対国家は、偽情報キャンペーンを通じて社会を不安定化させ、ソーシャルメディアの脆弱性を悪用して過激化や新規メンバーの勧誘を進めている。オンラインでのテロコンテンツの拡散は憂慮すべき状況にあり、プラットフォームの対応が追いついていない。 【地政学的変動と新たなテロの脅威】 2023年10月7日のイスラエル・ガザ戦争以降、反イスラエル感情を利用したプロパガンダがアルカイダやISによって強化されている。これらのグループは、伝統的にハマスに反対する立場を維持しつつも、ガザ紛争を活用して世界中の支持者を動員しようとしている。 シリアでは、アサド政権の崩壊後、外国戦闘員の動向が新たな不安定要因となっている。イランは「抵抗の軸」を再構築し、特にヒズボラを活用したテロ活動を強化する可能性がある。2025年4月のカシミールでの攻撃は、核保有国であるインドとパキスタンを戦争の瀬戸際に追いやり、テロが国家間紛争の引き金となる危険性を浮き彫りにした。 【対テロ戦略の課題】 これらの脅威が拡大する中、欧米諸国の間では対テロ予算の削減や「対テロ疲れ」が進んでいる。20年あまりの世界的なテロ戦争の後、国際社会の焦点は大国間競争に移り、テロ対策が後回しになりつつある。だが、ジハーディストや単独行動者、極右勢力、さらには新興技術を活用したテロの脅威は依然として残っている。 テロリズムは、新興技術の活用と地政学的変動により、かつてない複雑さと拡散性を持っている。アルカイダやISの地域支部は勢力を維持し、AIやソーシャルメディアを駆使したプロパガンダで新たな支持者を獲得している。 米国をはじめ国際社会は、予算削減や疲弊感に屈せず、技術革新と情報共有を強化し、進化するテロの脅威に対抗する必要がある。テロとの戦いは終わりではなく、新たな段階に入ったといった方が適切だろう。

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