<追跡公安捜査>捜査情報垂れ流しは「フェイクニュース」 冤罪被害者が望む真の報道

検証すべきは、警察や検察だけでなく、メディアも含まれる――。 警視庁公安部による冤罪(えんざい)事件で、国家権力の暴走の末に命を落とした化学機械メーカー「大川原化工機」元顧問の相嶋静夫さん(享年72)の長男(51)は、捜査を違法と認定した東京高裁判決が確定した際の記者会見でそう語った。 長男は一連の報道をどう見ていたのか。話を聞いた。 ◇「なぜ父の映像が…」報道に違和感 ――相嶋さんは2020年3月、公安部に外為法違反容疑で社長らとともに逮捕されました。逮捕時の報道をどのように感じましたか。 ◆父が逮捕されたというのは、妻からの「LINE」(ライン)で知りました。 すぐにインターネットで調べると、大川原化工機が生物兵器に転用可能な装置を不正輸出したという内容でした。 「大川原が生物兵器?」というのが率直な感想で、逮捕容疑と父の会社がまったく結びつきませんでした。 父の性格からして、生物兵器をつくることはあり得なかったからです。 逮捕された後の父の映像が、テレビに報じられました。恐らく、警察署から車に乗り込む場面です。 一般に顔を知られているわけでもないのに、なぜマスコミが父と特定して報道できるのだろうかと不思議に思っていました。 警視庁が教えたのでしょう。自分たちの成果をマスコミを使って社会に誇示し、メディアも「悪者」として報じて視聴率を稼ぐ。 そうした文化が根深く存在していると感じました。 私は無実だと信じていましたが、世間の人はそうは見ません。 刑事裁判では、有罪と証明されない限り被告は無罪として扱われる「無罪推定の原則」があります。 ところが、まだ起訴されていない逮捕段階であっても、逮捕報道の時点で犯罪者として扱われたと感じました。 無罪推定の原則に立った報道をすべきだと思います。 ◇「逮捕情報の競争に陥らないで」 ――違法捜査の責任を問うために起こした訴訟や、捜査を独自に検証した報道を通じて、公安部のデタラメな捜査が数多く明らかになりました。 ◆マスコミの皆さんに理解してほしいのは、警察はウソをつくということです。 ウソをそのまま報道するのは結局、フェイクニュースを垂れ流すことと変わりありません。 ――相嶋さんらを起訴した塚部貴子検事は、公安部の捜査員と起訴前に面会しています。大川原化工機が不正輸出したという逮捕容疑は、公安部が輸出規制省令を都合良く解釈して作り上げたものですが、面会時に捜査員はその解釈が一般的でないことも伝えました。塚部検事はその際、「解釈自体が、おかしいという前提であれば起訴できない。不安になってきた。大丈夫か」と発言したことが警察の内部メモに記されています。 ◆報道機関に求められるのは、逮捕情報をいち早く出すことを競い合うのではなく、事件の背景や核心に迫る記事を出すことではないでしょうか。 塚部検事は起訴するかどうか揺れていたはずで、実際、起訴はギリギリのところだったと思います。 報道機関が起訴前に大川原化工機をきちんと取材し、省令解釈について所管の経済産業省とやりとりしてきたことや、同業他社も大川原化工機と同じように経産相の許可を取らずに輸出していたことを報道してくれていたら、東京地検は起訴を踏みとどまっていたかもしれません。 父は勾留中に病に侵され、拘置所で適切な治療も受けられず、亡くなりました。 起訴されなければ、父の運命も変わっていたと思わざるを得ません。 ◇闘い続けられた背景に記者の存在 ――各社の報道をどのように見ていましたか。 ◆新聞は、社によって報道のスタンスがかなり違いました。 この捜査については23年12月の1審判決で違法と認定されたのですが、その後も警視庁側の見解に沿った報道を続ける社がありました。 民放は記者個人としては「もっと捜査の問題点を報道したい」と思っていた社もありましたが、社内の了解を得られなかったと聞いています。 1審判決の日、ある民放は夜のトップニュースで、大手百貨店「高島屋」のクリスマスケーキが崩れた状態で購入者に届いたことを報じていました。 「さすがにそれはないだろう」と言葉を失いました。 一方で、これまで闘ってこられたのはメディアの皆さんの応援も大きかったです。 冤罪被害者になって分かったのですが、周囲に事件のことを話せる人はいないんです。 記者さんと話をしていると心が安らぎました。記者さんの存在は本当にありがたかったです。 逮捕、起訴時の報道や一部メディアを除き、多くのメディアの皆さんは正義感と優しさをもって私たちに接してくれました。 そして同志として、警察・検察と闘ってくれました。これには深く感謝しています。 ◇メディアは権力のストッパーに ――メディアは今回の冤罪をどう生かし、今後どうあるべきでしょうか。 ◆今回の事件を教訓にしてもらえるのであれば、次に同じようなことがあった場合、勇気を持って容疑者側の反論を丁寧に取り上げてもらえたらと思います。 そして権力が暴走しないようにストッパー役になってほしい。それが願いです。それができるのはフリーの記者ではなく、調査報道に人員を投入できる大手メディアだけでしょう。 今回は、捜査の問題点をずっと報道し続けた毎日新聞とNHKがいたおかげもあり、東京高裁は25年5月、捜査が根本から間違いだったと認定し、最後の最後で正義が保たれました。 警察が何かまずいことをしていると察知した際、そこに斬り込むのか、黙って見ているのか。 その岐路に立ったとき、大川原事件を思い出してほしいです。【聞き手・遠藤浩二】

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