『石炭の値打ち』人間の尊厳を二部構成で訴えかける、ケン・ローチ70年代の幻の名作

どうしたことか、歳を重ねれば重ねるほどケン・ローチ(1936~)作品が大好きになっている自分に気づく。例えば同世代のリドリー・スコット(1937~)が、キャンバスに壮大な歴史絵図をうねらせるようなダイナミックな作風で知られるのに比べ、ローチが描くのは一見取るに足らないほどの市井の人々だ。しかもローチが彼らの運命を司っているというそぶりは一切見せず、まるで登場人物一人一人が自らの意志で動き、生を育み、その様子をローチが静かに見守っているかのような、ドキュメンタリーをも思わせるような素朴なタッチが特徴的だ。 絵に描いたような悪人はいない。誰もが各々の暮らしの中で精一杯に生きている。それでいて、徹底したリアリズムによる筆致は、家族や友人、それに仕事仲間どうしの絆をしっかりと描きつつも、決して安易なハッピーエンドを与えない。映画が終わって「はい、おしまい」ではなく、そこが始まりであり、私たちは物語を通じてすっかり他人事ではなくなった登場人物の境遇や彼らがもたらす”問題提起”についてずっと考え続けることになる。

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