田中角栄元首相が逮捕されたロッキード事件で、大手商社丸紅ルートの5億円に上る賄賂の「使途」に関し、榎本敏夫元首相秘書官が東京地検特捜部の取り調べに対し作成した一覧表(リスト)を毎日新聞は入手した。1974年7月の参院選で候補者26人に一律2000万円を配布したことが実名でまとめられている。刑事裁判には提出されておらず、検察内で「門外不出」とされた新資料が明らかになった。 76年に米国議会で明るみに出たロッキード事件は、2026年が発覚から50年となる。一覧表は自民党の派閥を横断して現金が配られたことを示唆し、カネの力で選挙を支配する「金権政治」の実態を物語っている。 B4判1枚の一覧表は「49・7・7参院選及び49・4・21参院補選に際しての政治活動費届け先等一覧表」の表題。欄外に76年8月12日を示す日付で、特捜部の取り調べを受けていた元秘書官の署名と押印がある。「49」は昭和49年(74年)を示し、参院選(7月7日投開票)と参院補選(4月21日投開票)で現金を配布したとされる候補者の氏名と時期、場所、金額、備考が記されている。 参院選で記載がある候補は27人。金額欄は全員が2000万円で、1人は「派閥が違うのでと断られた」と備考欄に記されていた。この1人を除く26人を派閥別でみると、田中系は1人のみ。「角福戦争」を繰り広げた福田赳夫元首相の福田系が5人、田中元首相退陣後に首相となった三木武夫氏の三木系も3人いた。 後に裁判で有罪判決を受けた田中元首相を「政治家に徳目を求めるのは八百屋で魚をくれというに等しい」と擁護した秦野章元法相(中曽根系)や、公判に出廷して榎本元秘書官のアリバイを主張した山崎竜男元環境庁長官(船田系)らの名もあった。補選の記載は1人だけで、金額は「2000万円だったと思うが不明確」とされている。 毎日新聞は一覧表の他に、同じく公判に提出されなかった榎本元秘書官の供述調書も確認した。元秘書官は丸紅からの5億円について「主として昭和49年の七夕参院選に当たって候補者に配られた政治活動資金として消えてしまったのではないか」とし、元首相の指示で自ら現金を渡した候補を一覧表にまとめていた。「記憶に不確かな部分はあえて記載していません」とも述べていた。 5億円が実際にどう使われたのかは「存じません」とした上で、田中元首相が「今度の参院選は命がけだと意気込んでいた」とも供述。元首相が自らの派閥にも巨額を投じていたとし、丸紅の5億円は「ミックスされて消えてしまったのではないかと思います」と述べていた。 丸紅から受領した5億円を巡り外為法違反で起訴された榎本元秘書官は、捜査段階で容疑を認めたものの公判では否認。1、2審で有罪となり、贈賄罪などに問われた丸紅の檜山広元会長とともに最高裁で有罪が確定した。元秘書官は2017年に死去した。 受託収賄罪などに問われた田中元首相も公判で全面否認したが、1、2審とも実刑判決となり、上告中の93年に被告の立場のまま病死した。元秘書官の捜査段階の供述は「首相の犯罪」の立証で大きな柱となった。【松下英志】