2025年『FRIDAYデジタル』が報じてきた数々の事件の中から、とくに選りすぐってお届けする【2025年凶悪&重大事件ワイド】。今回は『長野4人殺害事件・判決』を取り上げる。『FRIDAY』が発生当初から取材していた凄惨な事件の一部始終を、10月16日に配信したものに新たな内容を加えて紹介する。 ◆女性が「助けて!」と叫びながら ’25年10月14日、長野地裁で青木政憲被告(当時34)に下された判決は死刑だった。証言台に立った被告は身体を揺らしながらそれを聞いていたという。 事件は’23年5月25日に長野県中野市で発生した。青木被告は散歩中の住民女性2人をナイフで殺害。さらに通報で駆け付けた警察官2人をナイフや猟銃で殺害し、母親と叔母を人質に自宅に約12時間立てこもったのだ。青木被告は翌26日の早朝に身柄を確保された。 裁判員裁判が始まったのは’25年9月25日だった。弁護側は、事件当時青木被告が錯乱状態にあり妄想の症状があったと主張。検察側は「(青木被告の)妄想が犯行に影響することはなかった」とし、責任能力があったと弁護側に反論した。判決では、長野地裁が検察側の主張を受け入れた結果となった。 『FRIDAY』は発生当初からこの事件を取材していた。当時の取材内容から凄惨な犯行の一部始終と周囲が語った青木被告の評判について振り返りたい(《》内は過去記事より引用、表記は当時のままにしています)。 《「女性が『助けて!』と叫びながら、血相を変えて走ってきたんです。後ろから追ってきた男は、女性の背中を大きなナイフで刺した。おそらく2回です。男は3回目に女性の胸を刺すと、悠々と自宅のほうに去っていった。迷彩服を着て黒いマスクをし、サングラスをかけていました」(事件の目撃者) 目撃者が「追ってきた男」と証言したのが青木被告だ。青木被告は、市議だった父親とジェラート店を営みフラワーアート教室を開いていた母の間に生まれた。社交的な両親と違い、とても内向的な性格だったという。 「友だちとつるんでいるところを見たことがありません。周囲から浮いていても平気という印象です。好んでいつも1人でいるようでした」(高校の同級生)》 ◆「10回声をかけても7~8回は無視」 青木被告は近隣の名門公立高を卒業後、1年浪人して中堅私立大に合格し上京。しかし同級生の言葉どおり、周囲と打ち解けられなかったのだろう。青木被告が『盗聴されている』『みんなに“ぼっち”と言われる』と言い出したために両親はあわてて彼を実家に連れ戻したという。 少年時代は周囲から「おとなしいけど気くばりができる少年」と評されることもあった青木被告は、この大学中退の頃から人が変わったという。それは地元に戻ってからも変わらなかったようだ。 《「隣町の果樹園で働いていましたが、とにかく無口。10回声をかけても7~8回は無視です。たまに挨拶しても会話になりません。農作業はグループでやるケースもあるんですが、そんなときでも一緒に仕事せず1人で立っているだけ。作業した人が呆れることもあったそうです」(近隣住民) 青木被告が本気で相手にしていたのは愛犬だけだったようだ。 「(果樹園の仕事から)帰って来て、夜7時ごろ自転車に乗り猛スピードで疾走しているのを見ました。白い中型犬を連れていましたが、散歩というより引きずっていた印象です。人とつき合わない分、犬を相手にしていたんじゃないかな。バイクに乗って、犬を走らせているのを見たこともあります」(別の近隣住民)》 父親のすすめで地元のお祭り保存会にも入ったが、変わらなかった。この会で被告に笛を教えていたという男性は次のように語っていた。 《「お父さんから『入れてやってくれないか』と言われ、歓迎しました。本人の意思ではないと思いますが、長男として地元に馴染んでほしかったんでしょう。飲み会にもちゃんと参加して笛の練習も真面目にやる。『朝は4時半に起きる』と言っていて、しっかり農業もしているんだなと思いました。ただとにかく無口で何を考えてるかわからなかった」》 この保存会も3年を過ぎた頃から休みがちになり、辞めてしまったそうだ。そして、なぜか「ぼっち」という言葉に過敏に反応するようになった。事件で女性2人を殺害した動機についても「自分のことを『独りぼっち』とばかにしていると思った」と、事件当時語っていた。 ◆「異次元の存在から迫害を受けた」 裁判で青木被告は終始黙秘を貫いた。事件について彼の口から語られることはなかった。彼が『黙秘します』と述べた回数は90回以上にのぼったのだった。 ただ一度、彼が発言したのは最終弁論後に裁判長から「何か言っておきたいことは?」と声をかけられたときだった。彼は小さな声で次のように述べたという。 「私は異次元の存在から迫害を受けて、人を殺して死刑になるためにここに来た。もう二度とプレーはしない。被害を受けた人は埋め合わせがあるだろう。中の人たち(法廷にいた遺族ら)を傷つけて申し訳ない。ここは私にとって仮想空間なのでプレーという表現になった」 弁護人によると、この日も青木被告は黙秘を希望しており、発言する予定はなかったという。「(裁判で聞いた)現実と妄想とのギャップをどう埋め合わせるか、苦しんだうえでの発言だったのだろう」と発言の意図について語っていた。 弁護側は’25年10月27日に死刑判決を不服として東京高裁に控訴。弁護人は「被告に心神耗弱があったことを理由に控訴した」とコメントしている。判決直後には「控訴したくない」などと語っていた青木被告を弁護人が説得したのだという。 同日、亡くなった女性2人の遺族も控訴を受けてコメントを発表。その中では「控訴が法律で認められた権利とはいえ、やりきれない思いしかない。亡くなった4人のことを想うと、控訴という判断に強い憤りを感じる」「死刑判決は極めて当然の結果だ。控訴審でもこの判決が支持され、改めて死刑が言い渡されることを強く望む」としている。 控訴審が注目される。