有村架純、初の母親役で“金密輸”に手を染める 黒木華・南沙良とシンガポールロケも敢行

俳優の有村架純が、実話に着想を得た新作映画『マジカル・シークレット・ツアー』で初の母親役に挑戦することが明らかになった。初共演となる黒木華、南沙良と、女性たちが“金の密輸”に手を染める姿を描くオリジナル作品で、90秒の予告映像とビジュアルを解禁。映画は6月19日より全国公開される(配給:アスミック・エース)。 本作は、2017年に中部国際空港で主婦たちが金の密輸によって逮捕された実際の事件から着想を得た物語。夫の横領と借金を突然知った二児の母、借金を抱える研究者、そして貯金ゼロの未婚の妊婦――犯罪とは無縁に見える3人の女性が偶然出会い、金の密輸を通して仲間となっていく。お金と自由を手にし、それぞれの人生を取り戻そうとする“リベンジゲーム”が描かれる。 二児の母・和歌子を演じるのは、有村架純。母親役は本作が初挑戦となる。真面目に子育てに励む一方で、金密輸に踏み出していく犯罪者という二つの顔を併せ持つ役柄で、新境地を切り開く。 和歌子とシンガポールで出会い、ともに密輸を行う仲間を演じるのは、黒木華と南沙良。黒木は、奨学金返済に追われる借金600万円の研究者・清恵役。南は、貯金ゼロの未婚の妊婦・麻由役で、初の妊婦役に挑む。 有村演じる和歌子の夫で、横領を理由に会社を解雇される高志役には塩野瑛久。さらに、清恵(黒木)を飛び越え、輝かしい将来を約束された同僚の研究者・椎名役に青木柚、高志の上司・田ノ上役に斎藤工が出演する。 そのほか、早瀬憩、栗原颯人、篠原ゆき子、中島ひろ子、峯村リエ、佐野史郎らが脇を固め、物語に厚みを加える。 メガホンを取ったのは、『ミセス・ノイズィ』で日本映画批評家大賞を受賞した天野千尋監督。『ヒヤマケンタロウの妊娠』『佐藤さんと佐藤さん』などで評価を重ねてきた天野監督が、今回はシンガポールで大規模ロケを敢行。金密輸をめぐる魔法のようにきらびやかな旅路を、本場の空気そのままに映像で描き出す。 解禁された予告では、苦境に立たされた3人が金密輸の闇バイトに巻き込まれていく――かと思いきや、自ら密輸を始めてしまうという大胆な展開が描かれる。成功によって人生が好転していく様子は、軽快で危なっかしい一方、青春のようなきらめきも感じさせる。一方、金が床に落ちる音をきっかけに事態は一変。“魔法のような時間”に綻びが生じていく。それでも彼女たちは自分らしく生きる人生を求めて、力強く疾走する。 ビジュアルは、輝く金の世界に3人が迷い込んだような印象的な1枚と、各キャラクターの個性を浮かび上がらせるカットで構成。「罪という秘密が、私たちを仲間にした。」というコピーが、普通なら交わることのなかった3人の運命的な結びつきを象徴している。 犯罪に手を染めてでも、現状から脱却しようとする女性たちの姿を描く本作。一筋縄ではいかない現代を生きる私たちに、新たな選択肢を提示する力強いエンタテインメント作品となりそうだ。 ■主演・有村架純(夫の横領を知った二児の母・和歌子役)のコメント 不格好で決して誇れない瞬間でも 彼女たちにとっては生きていくための方法論で。 監督をはじめ、皆さんとこの物語の行く末を祈りながら撮影しました。 彼女たちの愛おしく懸命な生き様を ぜひ、覗いてみてください。 ■黒木華(借金600万の研究員・清恵役)のコメント それぞれ異なる環境で生きてきた女性三人が偶然出会い、少しずつチームとなっていく過程がとても面白く心が動かされます。 シンガポールで有村さんと南さんと雨の中、橋を渡ったシーンは特に印象深く、忘れられない思い出です。 スリリングさの中に感情の機微も詰まった映画になっていますので、ぜひ劇場で楽しんでいただけたらうれしいです。 ■南沙良(貯金ゼロの未婚の妊婦・麻由役)のコメント 努力や善意だけではどうにもならない現実が、人を追い詰め、選択を歪めていく。そんな人間や社会の不完全さの中を必死に駆け抜けました。 与えられた環境はいつだって不平等で理不尽だと身にしみて感じる撮影期間だったと思います。 正しさと生きることの間で揺れる彼女たちの姿に、観る方それぞれの現実が重なればうれしいです。 よろしくお願いいたします。 ■監督・脚本:天野千尋のコメント 育児に追われていた2017年、【金塊を下着に隠して密輸した主婦5人を逮捕】という記事を目にして、強く興味をひかれました。 なぜ主婦が金の密輸を?下着に隠して?どんな人たちなんだろう? わたしの関心は不思議と、犯罪者である彼女たちではなく、生活者としての彼女たちの方に引き寄せられ、どんな暮らしをしていたのか?なにか事情があったのか?どうやって計画したんだろう?など空想がどんどんふくらんでいきました。もしかすると同じ主婦として、どこかで自分を重ねていたのかもしれません。 もちろん犯罪は許されません。けれど罪を犯した人を「悪」と断じるだけではなく、その背景にはどんな事情があったのだろう?と考えてみることこそが、実は大切ではないかと思います。

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