一ノ瀬ワタル、元半グレで更生施設の寮長に!吉田恵輔監督最新作『四月の余白』6月公開決定

一ノ瀬ワタルが主演を務める吉田恵輔の監督最新作『四月の余白』が6月26日(金)より公開されることが決定。特報や場面写真が到着した。 本作は『ミッシング』(23)や『空白』(21)などの作品で知られる吉田自身が多感な時期に出会った非行少年や彼らを取り巻くコミュニティをモデルに、人の痛みも常識も理解できない少年たちと、そんな子どもたちに本気でぶつかりながらも彼らに寄り添う大人の生々しいもがきを描く。 元半グレで元受刑者の過去を背負う西健吾は、地方都市で全寮制更生施設「みらいの里」を運営している。実体験を糧に道を踏み外しかけた子どもたちに体当たりで向き合うが体罰も辞さない更生方針は教育関係者から批判されていた。ある時、中学教師の冬子から手に負えない生徒の海斗と、鑑別所帰りの悠について相談を受ける。施設に入所した海斗は寮生とトラブルを起こして脱走。さらには傷害事件で逮捕されてしまう。そんな中、西は海斗の父から責め立てられていた。海斗の父は若い頃、西にリンチされ、左脚に障害が残ったというのだ。記憶のない過去と向き合う西にできる贖罪は海斗を更生させることだけ。“ひとは変われる”と信じて新たな取り組みに踏みだす。 荒れる子どもたちに本気でぶつかりながらも笑顔を絶やさない主人公の西を演じるのは「サンクチュアリ -聖域-」などの作品で知られる一ノ瀬。周囲の大人たちを翻弄する中学3年生の海斗を演じるのは、監督の吉田が抜擢した上阪隼人。そして2人を引き合わせる中学教師の草野冬子を『海街diary』(15)や「じゃあ、あんたが作ってみろよ」の夏帆が演じる。さらに海斗の両親役に篠原篤と占部房子、不良仲間の悠役には『茜色に焼かれる』(21)や「虎に翼」の和田庵、寮生を山崎七海、高田万作が演じる。 特報とともに場面写真も解禁。更生施設「みらいの里」の前で職員と寮生たちが集合し、カメラを正面にして肩を並べる様子が収められている。 本作の情報解禁にあたり主演の一ノ瀬は「人は更生できるのか。過去の罪は許されないのか。この映画を観終わった後に、皆様の心に問う作品だと思います」と語り、夏帆は「遊び心のある吉田さんの演出に、ただただ圧倒されるばかりでした」と吉田組初参加の喜びと「人を指導することのむずかしさ、歯痒さ、そして罪を償うこととは?許すこと、許せないこと、答えのない問いに精一杯向き合いながら演じさせていただきました」とコメント。一方、海斗役の上阪は「その年頃にしか分からない親や社会への反発心、なにが彼(海斗)をあんなふうにさせてしまったのか、役と向き合う中で、僕自身も多くのことを考えさせられました」と撮影を振り返る。オリジナル作品として脚本も手がけた監督の吉田は「この物語は私の実体験や、周りで起こったことをベースに書きました」、「対話でなんともならない子どもを見てきた自分としては、現在の教育で狂気に走る子どもたちを、どうやって導いたらいいのか疑問を持っています」と語っている。 衝撃作を連発している吉田が注目キャストを迎えて日本社会の実相に迫っていく本作。作品が投げかけるメッセージをスクリーンを通して受け止めたい。 ■<コメント> ●一ノ瀬ワタル(西健吾役) 「西健吾という過去に悪かった男が、現在では子どもたちの更生施設を運営している所から物語がはじまります。『四月の余白』のスタッフに小学校の先生をやられていた方がいて、その方は一旦教師を辞めて社会を学ぶ為にいろんな仕事をして経験を積んでると仰っていました。確かに学校で学ぶ事って勉強だけじゃないし、西健吾みたいな人生を歩んできたからこそ子どもたちに教えられる事ってあるんじゃないかなって思いました。子どもたちの為に体罰は必要なのか、なにが子どもたちにとっての幸せなのか。人は更生できるのか。過去の罪は許されないのか。この映画を観終わった後に、皆様の心に問う作品だと思います。『四月の余白』ぜひ劇場でご覧ください。」 ●夏帆(草野冬子役) 「初めての吉田組は、毎日とんでもないスピードでぐんぐん進んでいき、的確で無駄がないのに、遊び心のある吉田さんの演出に、ただただ圧倒されるばかりでした。わたしは冬子という教師を演じています。人を指導することのむずかしさ、歯痒さ、そして罪を償うこととは?許すこと、許せないこと、答えのない問いに精一杯向き合いながら演じさせていただきました。一ノ瀬さん、そして上阪くんをはじめ、生徒役のみなさんと対峙した時間が、いまもまだ強く記憶に残っています。ぜひ、劇場に足を運んでいただけたらうれしいです」 ●上阪隼人(澤海斗役) 「作品への出演が決まったときは、大きな喜びと同時に身の引き締まる思いがありました。常識にとらわれず、ユーモアと深い洞察をあわせ持つ吉田監督の現場は、常に和やかで笑いに満ちており、理解が難しい場面についても丁寧に向き合ってくださったことで、ある意味で『素の自分』で役を演じる事ができたと感じています。その年頃にしか分からない親や社会への反発心、なにが彼(海斗)をあんなふうにさせてしまったのか、役と向き合うなかで、僕自身も多くのことを考えさせられました。この作品は自分自身の人生を大きく変える一本になると思います。初めての経験も多く、なにが本当の正解かはまだ分かりませんが、この作品に僕は全力を注ぎました。人生のなかで吉田監督の作品に携わり、海斗として生きた時間は、僕にとって一生の宝物です」 ●吉田恵輔(監督、脚本) 「この物語は私の実体験や、周りで起こったことをベースに書きました。子どもの頃に育った地域は治安が悪く、不良からヤクザになる人が沢山いました。私も誰かを傷つけたり、暴力を振るう事に罪悪感など考える事がなく、それが当たり前と思っている環境でした。その環境でも仲間や、理解のある大人との出会いで少しずつ、まともになっていった気がします。しかし、その成長過程で、飛び抜けて狂気に走る子どもが何人かいました。皆が痛みの限度を知るなかで、全く共感性などの理解がなく、仲間のなかでも孤立していき、嘘をつき、弱い人間を徹底的に痛めつけ全てを奪う。そういう子どもは、喧嘩が弱く、強いリーダーの陰に隠れて悪さをするタイプが多かった気がします。当時の学校教育は、教師が生徒を叩いたり、力でねじ伏せていました。そこで、ゲンコツの痛みを知って大人の階段を登る時代でした。しかし、現在の教育では教師が生徒に手を挙げる事ことは、当然ダメで強く叱ることも、場合によってはクレームがくる状況です。対話で理解させる。これがいまの教育。対話でなんともならない子どもを見てきた自分としては、現在の教育で狂気に走る子どもたちを、どうやって導いたらいいのか疑問を持っています。勿論、子どもに手を上げることは推奨していません。だとしたら、同じ目線で徹底的に向き合うしか道はないと思いますが、日本の教師は、あまりに時間がありません。授業を終えても、課外を作り、テスト採点をして、部活の顧問もやらなくてはいけない。給料だって高くなく、負担だけが多い職業となっています。この映画が、教師の環境問題、理解を超えた子どもとの向き合い方を見つめ直すきっかけになれば幸いです」 文/サンクレイオ翼 ※吉田恵輔の「吉」の字は「つちよし」が正式表記 ※山崎七海の「崎」の字は「たつさき」が正式表記 ※高田万作の「高」の字は「はしごだか」が正式表記

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