滋賀県日野町で昭和59年に酒店経営の女性が殺害され手提げ金庫が奪われた日野町事件で、最高裁は2月24日、検察側の特別抗告を退け、再審開始を支持した。冤罪(えんざい)を訴えながら無期懲役刑で服役中に75歳で病死した阪原弘(ひろむ)さんに、今後開かれる再審公判で無罪が言い渡される公算が大きくなった。再審制度を巡っては現在、見直しに向けた議論が進められているが、60年に戦後初めて死後の再審で無罪が言い渡された徳島ラジオ商殺し事件の弁護人は「40年以上たっても問題は変わっていない」と訴える。 ■凶器見つからないまま有罪 12歳の頃に見た光景を、今もよく覚えている。徳島市中心部を流れる新町川で連日、潜水夫が川底を捜索していた。「もちろん後で知ったんですが、あの事件で凶器の包丁を橋から捨てたという証言があったんですね。でも、結局見つからなかった。そりゃそうですよね。偽証だったんだから」。のちに徳島ラジオ商殺し事件の再審で弁護団副団長を務めた林伸豪(のぶひで)弁護士(84)は、こう振り返る。 事件が起きたのは昭和28年11月5日早朝。徳島市のラジオ店経営の男性=当時(50)=が自宅で刺殺された。当時の徳島市警は外部犯人説で捜査していたが、徳島地検は事件発生9カ月後、男性と内縁関係にあった冨士茂子さんを殺人容疑で逮捕した。 冨士さんは捜査段階でいったん自白したものの、その後は一貫して無実を訴えた。だが、徳島地裁は31年4月、無期懲役の求刑に対し懲役13年を宣告。事件当時16歳だった住み込みの店員2人による、男性と冨士さんが事件当日に格闘しているのを見た▽冨士さんから新聞紙にくるんだ刃物を渡され、捨てるように命じられた-などとする証言が、有罪認定の決め手となった。 判決は33年5月に冨士さんが上告を取り下げたことで確定した。当時の事情について、林弁護士は「裁判費用の問題に加え、司法に絶望したこともあったのだろう」と推し量る。 ■第5次請求中の死去