プロボクシングの元WBC世界ライト級王者で、タレント、俳優としても活躍したガッツ石松(本名・鈴木有二=すずき・ゆうじ)さんが、2日に肺炎のため都内の病院で死去した。11日に所属事務所が発表した。76歳。葬儀は近親者のみで執り行い、お別れの会は未定。三度笠(がさ)に合羽(かっぱ)姿、「ガッツポーズ」の由来になったリングネームなど、ボクサー時代のエピソードだけでなく、引退後は「OK牧場!」でタレントしても親しまれるなど、個性的な人柄が広く愛された。 ガッツ石松さんが所属するガッツエンタープライズが「訃報」として発表した報告文は、最後をこう締めてあった。 「ガッツポーズをするたびに、ガッツ石松を想(おも)い出していただければ幸いです。OK牧場!」 ガッツさんを代表する2つの言葉を使った悲愴(ひそう)感のない報告文は、生前の人柄がしのばれるようだった。 栃木県で生まれたガッツさんは、貧しさに苦労しながら中学卒業後にボクサーを志して上京した。1966年に名門・ヨネクラジムに入門。全日本ライト級新人王決定戦前に、本名の鈴木有二から「鈴木石松」にリングネームを変更。この時、森の石松にちなんで三度笠、合羽姿でリングに登場した。 ライト級で日本、東洋王座を獲得後の72年には、酔った一般人15人を相手に「池袋乱闘事件」を起こし、現行犯逮捕された。弟を助けるためで、後に正当防衛が認められた。取り調べでは、日本王者の認定証の文言「誰にも負けてはならない」を殴った理由に挙げたため、その後、文言が「誰の挑戦でも受けなければならない」に変更になったという逸話がある。 73年には後の4階級制覇のスーパースター、“石の拳”ロベルト・デュラン(パナマ)に10回KOで敗れたが、74年にロドルフォ・ゴンザレス(メキシコ)に8回KO勝ちしてWBC世界ライト級王座を獲得した。この試合前に「ガッツ石松」に改名。勝利の時の喜ぶ様子が「ガッツポーズ」とスポーツ紙で報じられ、今に伝わる歓喜の表現となった。 伝統のあるライト級での世界王座獲得は日本人初で、5度の防衛も果たしたことで、現在でも高く評価されている。ボクシングスタイルは、強い左ジャブを駆使する正統派。現役時代に右手を機械に挟まれて大きな傷痕が残るケガをし、左を徹底的に強化した。本人が名付けた「幻の右」のフィニッシュブローは、「速くて見えないワンツーの右」と言われるが、左で弱らせた後に打つ「あまり出さない右」だと、後に関係者に明かしている。 引退後は、タレントや俳優として活躍。自身がメガホンを取った「カンバック」で「OK牧場!」の言葉が生まれた。96年の衆院選に出馬して落選し、3億円の借金を抱えたが完済。1カ月ほど前から体調を崩し、今年3月に入れ墨ボクサーとして人気があった大嶋宏成氏のジム開設に駆けつけたのが、最後の公の場となった。 ガッツ 石松(がっつ・いしまつ、本名・鈴木有二=すずき・ゆうじ)。1949年(昭24)6月5日生まれ、栃木県粟野町(現鹿沼市)出身。66年12月にヨネクラジムからプロデビュー。74年4月、3度目の世界挑戦でゴンザレス(メキシコ)にKO勝ちしてWBC世界ライト級王座を獲得し、5度防衛。通算51戦31勝(17KO)14敗6分け。78年の引退後はタレント、俳優として活躍した。