【美輪明宏さん追悼・復刻連載】ブログ妄信やめなはれ 書く側も読む側も

20日に老衰のため91歳で死去した歌手で俳優の美輪明宏さんの連載を、スポニチ本紙では約15年にわたって掲載していた。「世直しトークあれこれ」(05年11月~06年12月)、「明るい明日を」(08年1月~11年3月)、「美輪の色メガネ」(13年2月~23年12月)で、世の在り方を厳しい視線で見つめ、時に悩める人々に寄り添い、常に明日を生きる希望を伝えていた。美輪語録が人気だった連載を再録する。 <2009年11月15日掲載「明るい明日を」> インターネットのサイトやブログが犯罪の温床になるケースが後を絶ちません。埼玉県警に詐欺容疑で逮捕された女の知人男性が相次いで不審死している事件もそうでした。不用意に犯罪に巻きこまれないように、いま一度、これらの本質を見つめ直してみましょう。 異性との交際を求める出会い系サイトとはいかなるものでしょうか。あなたの周りにいる好感を持てる男女を思い浮かべてください。彼ら彼女らに出会い系サイトは必要ありません。なぜなら、そんなものに頼らなくても職場や仕事先、知人の紹介、お見合い、合コン、はたまた男性の場合はキャバクラなどで普通に相手を見つけられるからです。たとえ美男美女でなくても外に目を向ければ自分にふさわしいそこそこの相手を見つけられるはずです。出会い系だけに頼るのは家に引きこもっている人、パソコンの前でジーッと座り続けているオタク系の人、携帯電話だけを相手にしている人、つまりは奇人変人なのです。安易に交際相手を出会い系に求めようとしている人はこうした本質をまず頭に入れておいた方が良いでしょう。 そして、ブログの危険性を感じてください。ブログに自分のことを書き込むのは、個人情報を不特定多数に公開することです。自宅のドアや窓を全開にして「泥棒様、どうぞご自由にお入りください」と世界中を練り歩いているようなものなのです。「きょうは誰と会った。何を食べた。ウンコした。ゲリだった」程度のことを書いているのだから大丈夫と言うかもしれませんが、では、そのようなどうでも良い情報を公開することに何の意味があるのでしょうか。そこらの兄ちゃん姉ちゃんの私事に誰が興味を持つのでしょう。 また、有名人がブログに自分のことをさらけ出すのは考えものです。サロメではないけれど、脱いでも脱いでもベールがあるから良いのです。秘密があるから、その人が魅力的に見えるのです。ブログに書き込む人は何もかもストリップなあげく今度は出すものがなくなって自分の体に手を突っ込み腸まで引っ張り出して見せるつもりなのでしょうか。そこには、たしなみやロマン、魅力のかけらもありません。 ブログは、読む側も危険です。書く側がバーチャルリアリティーに陥っているケースが多々あるからです。ブログに書き込むのは、自己顕示欲、誰かに孤独の穴を埋めてもらいたいという思い、獲物を狙う狙われる欲望からです。それらを満たすため、小公女のセーラのように、妄想のもう1人の自分を作り上げがちになるのです。ブログには美男美女のように書いてあるのに実際に会ってみると「えっ?ウソ!」ということが多いのはそのためです。日ごろ、普通にモテる機会のある男女はブログをうとましく感じて手を出そうとはしないものです。ブログを小説として読むのは良いかもしれませんが、日記として読めば裏切られます。それを承知で読まないと、今度のような事件に巻きこまれることになります。 「人を見たら泥棒と思え」という格言があります。ウソ八百のネットの中身を、簡単に信じてしまう人が多い平和ボケの今の時代こそ、この格言を肝に銘じるべきなのです。ソコのアナタ、ブログを書きだすのはやめなはれ。これほど言ったのにまだ分からんのか。勝手にせい。

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