大学の価値は、偏差値や知名度だけで測れるのだろうか。不祥事によって存続の危機に陥った大阪観光大学の再建に携わった山本健慈氏は、小規模大学だからこそ可能な丁寧な学生支援の現場を見てきた。第一志望に落ちた学生。学費を姉に支えてもらって進学した学生。母を亡くし、居場所を探していた学生……。高校までの教育になじめなかった若者が自己肯定感を取り戻し、社会へ踏み出していくその姿から見えてきたのは、「学力」だけでは語れない高等教育の役割だった。朝日新書『崖っぷちの私立大学 偏差値で測れない価値をどう見抜くか』から一部抜粋してお届けする。 * * * この大学は、早々に退場してもらった方がよさそうだ。地方大学や小規模大学の存在価値を認める記者であっても、そう考えてしまう大学は残念ながらゼロではない。 2019年から翌年にかけて、運営する学校法人の理事長が21億円ものお金を着服したとして逮捕・起訴された大阪観光大学も、記者が「閉学やむなし」と考えてしまった大学の一つだった。その後、民事再生手続きに入った学校法人に、大学界、特に国立大学の関係者によく知られたある人物が救援に入るまでは。 その人物とは、和歌山大学の学長を務めた後、全国の国立大学を束ねる国立大学協会(国大協)の専務理事としても手腕を発揮した山本健慈さん。「なぜあんな大変な学校に」と、大学関係者に驚きが広がった理事長就任から3年半たった25年秋、話を聞いた。(朝日新聞「ひらく 日本の大学」取材班) やまもと・けんじ/1948年生まれ。2009年に和歌山大学学長、15年に国立大学協会専務理事、22年から現職。著書に『地方国立大学―学長の約束と挑戦』がある。 ■大学で自己肯定感を養った学生たち Q なぜ「火中の栗」を拾うような再建に関わるようになったのですか。 A 私の自宅は大学から1キロ弱の場所にあります。国大協の専務理事を退き、自宅に戻っていたところ、「再建に力を貸してほしい」と大学側から依頼されました。1週間ほど悩みましたが、目の前の窮状を見て見ぬふりはできませんでした。 学生の7割は、中国やベトナム、タイなどアジアからの留学生です。残る3割の日本人学生の多くは、高校までの評価や家計の厳しさから、ぎりぎり大学という場所にたどり着いた、といった感じでした。入学時の基礎学力や、大学での学びへの意欲は、国立大の学生とは比べるべくもありませんでした。 それでも学生数が約900人と小規模なため、教職員は学生一人ひとりの顔や置かれている状況を把握できています。目の前の学生を何とか一人前にしようと、中高生の勉強の復習をしたり、図書館の活用法やリポートの書き方といった大学での学習の方法を教えたりと、手厚い教育を行っていました。 Q 例えば、どのようなケースを覚えていますか。 A 母親を亡くして落ち込んでいる1年生の女子学生がいました。毎日図書館にふらっとやってくるので、様子がおかしいと気づいたパート職員の女性が心配になり、声をかけました。それから4年間、毎日昼食を一緒に食べるようになり、心配事の相談に乗るなどしたそうです。職員いわく、「おばちゃん感覚」で面倒をみてくれていました。そうやって信頼できる大人に出会い、支えられ、その学生は無事に卒業していきました。 ほかにも、オープンキャンパスの時に、大勢の高校生や保護者の前で堂々とスピーチを披露している男子学生がいました。「上手に話せていたね」と声をかけると、「高校まで何もしていなかったので、人前で話したことなんてありません」と言います。 第一志望の大学に落ちて入ってきた学生でした。それでも「高校までの18年間は何もせず逃げてばかりだった。大学に入ったら何かに挑戦したい」とオープンキャンパスを盛り上げるスタッフに参加。そこで先輩や同級生と楽しみながら活動したり、基礎ゼミなど少人数で議論する授業で否応なしに自分の意見を話したりしているうちに、大勢の前でも話せるようになったと言います。 彼はK-POPが好きで、2年生になると韓国に短期留学します。留学中に現地からオンラインでスピーチしたこともありました。3年生の時のスピーチでは自分がそれまで学んできたことを説明。最後には「自分の体験から伝えたいことがあります」と切り出し、「大学生になったら、見たり聞いたりするだけで終わらず、実際に行動することが大事です」と高校生たちに訴え、成長した姿を見せてくれました。 「地理しか勉強したことがない」。そう話していたのは、地元の工業高校から入学してきた男子学生でした。父親の故郷が北海道の名寄(なよろ)市で、良いところなのに、行くたびに寂れていくのを何とかできないか、とも考えていたそうです。この思いと「地理好き」をかけ算したら「観光」となり、入学してくれたそうです。 親からは「大学に4年間行かせるのは無理、専門学校なら」と言われ、社会人の姉が学費を払ってくれて進学できたという学生です。この学生は英語の面白さにはまり、さらに留学生の友人と交流を深めたいと、韓国語も学び始めます。3年生になった彼は今、成績優秀者として学費が無料となっています。 入学時の学力は高くなくても、少人数授業で議論を続けるうちに、めきめきと力を付けていく学生は大勢います。こんなに若者を成長させることができるのだから、「Fラン大学で何が悪い」と言いたいですね。 ■「楽しむ力」を身につける重要性 Q そんな大阪観光大学の存在価値とは。 A 学生たちのニーズを把握しなければ、大学を運営できないと私は考えます。このため学生たちに教えを請おうと、毎年10人以上にインタビューを続けています。その時に、「君たちにとって、大阪観光大学はどのような意味を持っているのか。私は何ができるか」と質問しています。 自己紹介で多くは、「勉強は嫌いです」と宣言します。それでも、テーマパークやグルメ、アニメ、鉄道など、みんなこだわりがあるテーマを持っています。 しかし、日本の学校教育は、小学校から高校まで、まんべんなく学び、まんべんなく良い成績を取ることが良いことだとしています。しかし、うちに来る学生は、偏差値なんて全然意識しておらず、そういうことにこだわる世界とは別の世界で生きてきた若者が多いと思います。 子どもの好きなことや好奇心を励ますどころか、潰す方向の教育の圧力から逃れてきた学生たちとも言えます。アニメとか鉄道とか好きなことを支えに生きてきた子たちが、自分の好きなことに社会的な意味づけをして、学びや仕事につなげていく。そんな教育って最高だと思いませんか。 「観光」は、いろいろな分野に関わりがあります。こだわっていることや、好きなことを貫くうちに、「観光」というテーマにたどり着く学生が多いのだと考えています。 大阪観光大学の教育理念は、「自由を共に楽しみ、社会を共に生きぬく」です。観光学を学ぶ単科大学だからこそ、正面から掲げることができる教育理念です。「楽しむ力」の育成がカリキュラムの核になっています。ただし「共に」楽しむのであって、好き勝手に振る舞うということでありません。 また、「楽しむ」ことは、「自分の幸せを追求する」ことです。「他者の評価で生きることを越える」と言ってもよいでしょう。 そうした教育によって、何らかの事情で小中高では見捨てられたように扱われていた学生に、まずは学ぶ意欲や楽しさに気づいてもらう。学習や、時には生活についてまできめ細かくサポートして、社会で活躍できるところまで成長させる。この大学には、そんな役割、価値があると考えています。 Q 留学生について心がけている対応は。 A みんな日本の生活やアニメなどの文化にあこがれ、日本で学びたい、働いて生活したいと入学してきます。十分な日本語能力を持たずに入ってくる留学生もいますが、教職員は「目の前の学生を無事卒業させたい」という一心で、献身的に学びと生活を支えています。 留学生たちの多くは日本国内のホテルや小売業などの観光・サービス業界に就職しています。大学で講師を務める外食産業の社長は、「日本の観光・サービスの最前線を担うことができる頼もしい若者たちだ」と評価してくれています。 外国人観光客が増え、日本語も話せる留学生の就職は引く手あまたです。人口が減っていく日本は、外国人にも一定の役割を担ってもらう形で社会を再構築していく必要があるでしょう。研究力の高い優秀な留学生だけでなく、社会の基盤を支える仕事を担う留学生を養成することも、大学の新たな役割としてもいいのではないか。私はそう考えています。 ■高校までの教育になじめなくても Q 大阪観光大学の価値を社会に認めてもらう取り組みは。 A 小規模であっても、大学は教育、研究、社会貢献の三つの柱での実績を求められています。三つの柱の実績を広く社会に公開し、共有してもらうために、しばしばシンポジウムを開いています。 22年には中学・高校の教職員にも参加を呼びかけ、中高の探究学習と大学の連携をテーマにしたシンポを実施しました。観光学の研究の深化も進めています。兵庫県豊岡市にある芸術文化観光専門職大学の平田オリザ学長などを招いたシンポでは、観光事業の展開や、担い手の養成につながる観光学のあり方を議論しました。 大阪観光大学から関西国際空港までは直線距離で10キロです。社会貢献の一環として、地元自治体や航空会社など各界の人たちと、地域や観光の振興に向けた政策や事業を生み出そうと意見交換も行いました。自治体との連携も進んでいます。しっかり留学生の面倒をみて社会に送り出している教育に注目してもらい、大阪府教育委員会とも連携協定を結びました。外国にルーツがある高校生の入試制度を設け、25年度から学生を受け入れています。 私の理事長就任後、まだ日本の学生の志願者は大きく増えていません。それでもオープンキャンパスには、北海道など遠方からも高校生が来てくれるようになりました。事件のイメージを払拭するためにも、偏差値教育から離脱した若者のやる気を引き出して社会に送り出す大学の価値を、さらに高校や社会にアピールしていきたいと考えています。 本章やこのインタビューを読んで、「知名度の低い小規模大学に存在価値があるのか」と考えていた人でも、見方を改めた人が多いのではないか。 現代の大学には、さまざまな特徴や経歴のある若者たちが通っている。文科省の調査によると、24年度に小中学校では全体の3・9%に当たる35万人強が、高校では全体の2・3%に当たる7万人弱が不登校だった。22年に実施した別の調査では、公立小中学校の通常学級に通う子どもの9%弱に、発達障害の可能性があることも明らかになっている。また、外国籍の子どもを中心に日本語指導が必要なは、公立小中高だけで7万人弱(全体の0・6%=23年度)にのぼる。 こうした子どもたちも大学に進学するケースが増えるなか、東京大学や早慶とは異なる形で存在価値を示している大学は、実は各地にある。高校までの教育になじめなかった若者に、学ぶ楽しさ、成長する意欲を取り戻させることに強い使命感を持つ大学や教職員の存在を、私たちは忘れてはならないと思う。 (朝日新書『崖っぷちの私立大学 偏差値で測れない価値をどう見抜くか』から一部抜粋) 【AERA Books MEMO】 ■朝日新聞「ひらく 日本の大学」取材班『崖っぷちの私立大学 偏差値で測れない価値をどう見抜くか』 少子化の崖が迫る2035年、あなたの大学観が覆される。「名前を聞いたことがない大学」に、いちばん丁寧な「学び」があった。諦めかけた若者たちが初めて学ぶ喜びを知り、消えゆく地方を支えている。10年・200校以上を歩いた記者が辿り着いた「真実」を記した一冊。