【独自】「警察組織が心底嫌いに」暴力団に情報漏洩で懲戒免職された元巡査部長がホストに転身!「情報収集のためだった」本人が明かす “真相” とは

「この一件を経て、警察という組織が心底嫌いになりました。外を歩いていて警察官を見ると『敵だ』と思うくらいですよ」 こう怒りを露わにするのは、歌舞伎町のホストとして働く33歳の萬田卍郎氏である。昨今、なにかと捜査当局に目をつけられがちなホスト。嫌な経験でもあるのかと思いきや、萬田氏本人がかつて “警察官” だった――。 石川県を揺るがすニュースが流れたのは、2025年11月のことだった。事件担当記者がこう話す。 「暴力団組員に捜査情報を漏らしたとして、石川県警が、県警本部刑事部の男性巡査部長を地方公務員法(守秘義務)違反容疑で書類送検したと発表。あわせて懲戒免職処分となりました。 当時の報道によれば、元巡査部長は私用スマートフォンのメッセージアプリで、暴力団組員に捜査情報を漏らし、さらに県内の焼き肉店で同じ組員から1万円相当の飲食の提供を受け、タクシー代として現金5万円を受け取っていたそうです」 まさにヤクザとの密接交際というわけだが、このクビになった巡査部長こそ、萬田氏なのだ。当時、萬田氏は石川県警で「トクリュウ係」が発足した際、第1号として配属された敏腕捜査員だった。萬田氏が、本誌のインタビューに応じた。 「問題となったヤクザとは、過去の取り調べで知り合ったのが最初でした。その後、捜査のために訪れた、いろいろな人が集まる歴史の長いバーで偶然再会し、連絡先を交換しました。」 当然、捜査のためとはいえ、ヤクザと仲を深めることに葛藤はあったという。 「もちろん、コンプライアンス上、ダメなことはわかっていましたが、現場で汗をかかない上司に反発する気持ちもありましたし、昔気質の情報収集に長けた先輩刑事に憧れていた部分もありました。事件のネタを引っ張るためには、ある程度の接触は必要だと考えていたんです。 ただ、ある災害対応の一件から上司への不信感が募り、自分のなかで糸が切れてしまいました。その後は、上司への報告をいっさいしない形で会うようになってしまいました」 “密な交際” が始まってからしばらくして、萬田氏に “情報漏洩” の疑惑が浮上した。 「まず大前提として、私は具体的な捜査情報はいっさい漏らしていません。それは誓えます。ただ、とある容疑をめぐって、私の付き合っていたヤクザに対し、捜査が進められることになった。そのときの警察の進め方がものすごく露骨で、そのヤクザの近辺に怪しい覆面パトカーがついてまわる状況になったんです。当然、ヤクザのほうは、なにかおかしいと感じて、私に電話をしてきます。 私は警察官として何も言えない立場です。ヤクザからすれば、当然出るはずの電話には出ないし、出たとしても『今は忙しい』と通話を拒みました。これが結果的に “情報漏洩だ” と言われてしまったんです。私からすれば、捜査及び報告の仕方が悪かっただけなのに、その責任を押し付けられたという認識です」 背景には “歌舞伎町での事件” も関係しているという。2025年、警視庁はスカウトグループ「ナチュラル」の摘発を進めていたが、同グループに警部補が捜査用の監視カメラの位置などの情報を漏らしていたことが発覚したのだ。同事件を受け、警察庁は全国の警察本部へいっそう厳重な管理体制を求める事となった。その中でも、捜査員と反社の関係には一段と厳しい目が向けられるようになったという。 「内部調査などが一旦始まると、何かしらの成果を出さなくてはならないという警察ならではの独特な体質と圧力があり、私の場合、ある日突然呼び出され、上層部から4~5時間も問い詰められました。もちろん、情報漏洩はしていない事を明言しました。また、『これ以上疑われるのであれば、警察を辞める』と伝えたところ、一旦は実家での謹慎処分扱いとなりました」 謹慎中、2回めの取り調べのため、捜査員が実家までやってきたという。 「車に乗せられた途端、何の脈絡もなく、捜査員から『前と同じ話をしたら身柄を取るぞ(逮捕するぞ)』と脅迫されました。また、『内々にする』と囁かれました。つまり、報道扱いにしないこと、依願退職として警察内部で納めるのだと、私は受けとりました。その言葉を信じ、身に覚えの無い取り調べに素直に応じるように誘導され、同意もなしにインターネットを通じて証券口座等の履歴等も調べられました。しかしながら、あまりにも理不尽な取り調べや捜査に対して抗議をすると、背中を叩かれる等の暴行を受けました。この時点で完全に犯罪者扱いでした。 私は心臓が悪い父親が入退院を繰り返してる実家に、家宅捜索が入ることだけは絶対に避けたかったので、『内々にする』の言葉を信じ、取り調べに応じ続けました。しかしながら、実家にも家宅捜索に入り、父親含め家族にも負担をかけました。最終的には依願退職はおろか、退職金ゼロの懲戒免職となりました。思い返せば、『内々にする』等の誘導はまるで警察官の常套句のようで、本当は最初の段階から警察内でストーリーが出来あがっていたのではないかと思います。 当時は鬱の診断書も出ており、まったく眠れず食事も喉を通らない状態でしたよ」 もちろん、コンプライアンス上、萬田氏の行動に問題がなかったわけではない。だが、萬田氏は警察の恣意的な事情によってここまで追い詰められた可能性が高い。 「刑事ドラマや映画だけの話ではなく、正直、 数年前までは公然とヤクザと付き合っている刑事がいたんですよ。歴代の名刑事と呼ばれるような人たちは、ガサ入れの情報を事前に流したり、お金のやり取りをしているという噂を何度も聞いたことがあります。つまり、今に始まった事じゃないという認識です。加えて、私の場合は捜査情報を一切漏らしていないのに、正直、何故、私だけ?という思いにもなりました。軽率だったことは認め反省もしてますが、まるでトカゲの尻尾切りのような扱いを受けた事に失望しました」 実家にまで捜査の手が及び、地元に居づらくなった萬田氏。そこで一念発起、歌舞伎町へやってきたという。 「警察学校の同期が、いま私が働いているホストクラブ『CLUB BOY』のオーナーをしていて、その縁がありました。地元を離れて、自分にとって不利な環境、誰も自分のことを知らない世界で、ゼロから何かを始めてみたいと思ったんです。 親には、以前から『警察は35歳でやめる』と相談していたんです。考えてみれば、その決断が早くなったということですね。 警察官だったころ、繁華街を見るときは、どうしても “犯罪の入口” を探していました。客引き、ぼったくり、薬物、暴力団、半グレ、売春、金銭トラブル……普通の人が華やかさを楽しむ場所で、警察官は『なにか起きていないか』を疑うんです。そこで私が働いているというのは不思議な感覚ですね。 事件が起きる前の自分に言いたいのは、『組織や上司を信用するな』ということ。組織の理論でいろいろなことが捻じ曲げられますし、他人に使われるのはもう嫌です。今後はホストやライバーとしてお金を稼ぎ、自分でなにか事業をやりたいと考えています」 第2章のスタートだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加