NHK連続テレビ小説『風、薫る』は放送最終月を迎えた。日本初のトレインドナースとなり、現代医療に連なる大きな社会貢献をした二人のヒロインの物語も終盤だ。この作品では、その偉業と併せて、二人の恋愛や結婚にも焦点が当たってきた。仕事だけではなく、女性としての姿や思いも大きく扱ったことは、この作品の特長だったと言っていいだろう。 特に、一ノ瀬りん(見上愛)の恋愛にはヤキモキさせられた。最初の結婚に失敗してから、りんを取り巻く男性は主に3人いた。幼なじみの竹内虎太郎(小林虎之介)、シマケンこと島田健次郎(佐野晶哉)、新聞記者の横沢公輔(井上祐貴)だ。そして、りんがおそらく唯一恋愛感情を持った男性は、シマケンだった。 合理的に結婚相手として考えるとしたら、虎太郎こそが適任ではないだろうか。元々は武家と農家という格差があったために思いを告げられなかった虎太郎だが、東京へ出てきてからは、製薬会社の社員として活躍している。製薬会社に入ったのは、明らかにナースになったりんの影響だろう。二人で医学の進歩に向かって共に歩む、といった夫婦像は理想的にも思える。しかし、そうはならなかった。端から見れば明らかな虎太郎の気持ちも、りんには届いていなかった。 では、横沢はどうだったか。自由民権運動を取材する過程で逮捕された横沢を心配して、りんが面会に行く。勘違いしたのか、横沢はその場でプロポーズ。赤痢の現場で奮闘するりんを見てさらに思いを強くし、東京へ戻ってからも諦めずにプロポーズを繰り返す。りんにとって、横沢を選ぶのもまた真っ当な判断だったはずだ。リベラルな横沢なら娘の環(瀧七海)が女学校へいくことも応援してくれたであろうし、りんが看護婦としての道に邁進することも誇りに思ってくれたはずだ。これもまた理想の夫婦たりえただろう。 横沢とシマケンが花を持ってりんを訪ね、鉢合わせするシーンがある。シマケンのしょんぼりした花束を見て、横沢は「墓参りですか」と馬鹿にし、「私はあなたより、りんさんを幸せにすることができます。りんさんの家族も丸ごと養うことができる」と言い放つ。シマケンはそう言われてやっと「そう思います」と認めつつ、「僕がりんさんを幸せにすると言えない。だけど……ほかの誰かといるのも嫌なんです! 嫌だ!」と気持ちを爆発させる。むしろ、まんまと横沢の挑発に乗った形だが、それを聞いていたりんは、シマケンに傘を差し出す。横沢の「やっぱり面白い人だなぁ。わざわざ真っ当な道を外れるとは」というつぶやきには納得しかない。 頼りがいとは対極の「情けない」を絵に描いたようなシマケン。けれど、「幸せにするとは言えない」と言葉にしてしまう不器用さと素直さは、「かわいさ」に他ならない。それがりんには心地よかったのかもしれない。「仕事が好きだからこそ迷ったり、他人の影響を受けやすいりんと小説家志望なのに思うように書けないシマケンは似たもの同士といえるかもしれない」(※1)という指摘にも納得だ。 脚本を担当した吉澤智子氏は、りんのキャラクターを「何が正しく、何が間違いかについて人生をとおして悩む女性であり、(中略)素直というより、まっすぐでちょっとうかつな人」としている(※2)。シマケンを選んでしまうところも、「ちょっとうかつ」なのかもしれない。けれど、瀕死の患者を外出させたり、看病婦を看護学校へ入れたりしたのは、失敗ではあったが何かの「提言」にもなっていた。そういうりんだからこそ、道を切り開けたとも言える。 文学青年のシマケンも、世に出ない小説を書き続けるのは無意味かもしれないし、人生設計としては失敗かもしれない。しかし、この時代の文学青年たちは、西洋の文化や言語、考え方を取り入れることで実は新しい時代を作ろうとしている。脚本の吉澤氏もシマケンについて、「言葉が概念を生む時代なので、それを体現する人、りん(見上愛)のメンターとして登場させたいと思いました」と話している通りだ。 シマケンは、画家になりたいという環(瀧七海)の相談に乗り、まさにメンターとしての役割を果たす。そして、小説家を諦めた後は、甥のために「真っ当に」働いている。 「自由でいるのが苦しかった。誰のせいにもできないから。だから、家族に助けを求められて、自由を奪われて救われた。幼い文四朗(蒼井旬)のために働くのは思いのほか満たされて。あれだけ多くの人に認められたいと思ってたのに」 ある意味、夢を諦めることは悪いことではないとも思えるようになったシマケン。そして、これまた文学青年らしく胃がんになったシマケンを、りんが看病することになった。二人の関係がどんな結末を迎えるのか、最後まで見届けたいと思う。 参照 ※1. https://realsound.jp/movie/2026/07/post-2454358.html ※2. https://www.steranet.jp/articles/115724