「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」。 19世紀イギリスの歴史家アクトン卿の言葉を待つまでもなく、誰からもチェックを受けない権力が腐敗を免れることはない。そして日本において、政治家も官僚も大企業も逮捕・起訴できる検察が、誰の統制も受けない絶対権力になりつつあることが、日に日に明らかになっている。そしてその検察が今、自らの組織の中で起きた性暴力事件をめぐり、あり得ないような振る舞いを見せている。 事件は2018年9月12日に起きた。大阪地検の検事正だった北川健太郎氏が、部下の女性検事を、検事正就任を祝う懇親会の後に官舎に連れ帰り、酩酊状態にあった彼女に性的暴行を加えたとして、2024年6月に準強制性交等の容疑で逮捕され、翌月起訴された。被害者はその後、仮名の「ひかり氏」として被害を公にし、今回はマル激に初めて出演した。ただし顔は画像処理で隠している。被害者が顔を隠さなければならないという事態そのものが、この事件の異常さを物語っている。 ひかり氏によれば、事件の翌年に上級庁への被害申告を検討していると北川氏に伝えたところ、「公にすれば検察組織がパニックになり、検事総長以下が辞職に追い込まれる」「自分は死ぬ」といった内容の書面で口止めされた。さらに北川氏の元秘書だった女性事務官(現副検事)から、被害者自身に落ち度があったかのような虚偽の話を聞かされたことで自責の念に苦しみ、被害申告を断念せざるを得なくなったという。PTSDを発症し働けなくなった彼女が、勇気を振り絞って被害を申告したのは事件から5年半後の2024年3月のことだった。 しかし起訴後の展開は、被害者の想像をはるかに超えていた。北川被告は同年10月の初公判で起訴内容を認めて謝罪したにもかかわらず、わずか2カ月後に一転して無罪を主張。それから1年9カ月にわたって公判は一度も開かれず、公判前整理手続き(実際は一度公判が開かれているので期日間整理手続き)が検察、裁判所、被告弁護人の間で延々と続いている。しかも被告の弁護人も元検事だ。被害者参加人であるひかり氏と、自身も元検事で現在ひかり氏の代理人を務める田中嘉寿子弁護士は、その協議からは完全に締め出されて、ほとんど何の情報も開示されないまま、ただただ待たされている状態にあるという。 ひかり氏と田中氏が最も問題視するのは、性暴力の被害者であるひかり氏をまったく護ろうとしないばかりか、明らかに加害者側に加担しているとしか思えないような行動を取る検察の姿勢だ。被害者側が何度求めても、被告と元秘書の通信記録など、有罪立証に不可欠なはずの証拠は開示されない。その一方で、被害者の自宅の場所を特定した地図や、本来開示されるはずのない法務省内の決裁過程のメールまでもが、検察自身の手で被告側に開示され、無罪主張の材料に使われているという。田中氏は、検察が事件を「できるだけ静かに小さく終わらせたい」のだと見る。性暴力被害者の約半数が発症するPTSDを「致傷」として起訴すれば裁判員裁判となり、より多くの市民の目に事件と証拠がさらされる。検察は何とかしてそれを避けたいのだろうというのだ。 さらに深刻なのが、ひかり氏らが「藤﨑事件」と呼ぶ副検事をめぐる一連の問題だ。ひかり氏らは、この副検事が北川氏に捜査情報を漏洩し、通信履歴を削除し、検察内部で被害者を特定する情報や「ハニートラップだ」といった虚偽情報を拡散したなどとして、犯人隠避、証拠隠滅、名誉毀損の各容疑で告訴したが、2025年3月にいずれも不起訴となった。現在、検察審査会に審査を申し立てているが、田中氏は、長年幹部秘書を務め検察OBらから絶大な信頼を得ているこの副検事が、幹部のスキャンダルにも通じているため、検察は彼女を起訴することも処分することもできない構造があることを指摘する。事実、彼女に下された処分は最も軽い「戒告」だけだった。ひかり氏は2026年2月に国と北川氏、検察幹部らを相手取り国家賠償訴訟を提起し、この8月、志半ばで検事を退職した。 森雅子元法相ら国会議員のグループはこの事件を含む、検察内部のセクハラや他のハラスメントの実態を調査する第三者委員会の設置を法務大臣に求めているが、法務大臣は最高検の内部調査が進んでいることを理由にこれを拒んでいる。刑務所などの不祥事では第三者委員会が設置されてきたのに、検察は例外なのだ。 検察が自浄能力を完全に失った今、それを正せるのは法務大臣しかいない。そしてその法務大臣を選ぶのは首相であり、首相を選ぶ与党を選んでいる有権者だ。政治が検察の捜査に介入することはあってはならないが、検察という行政機関をきちんと監督し、問題があれば正すのは政治の当然の役割のはずだ。 番組では郷原信郎弁護士のコメントも交え、検察を統制する権限は誰にあり、一般指揮権と特別指揮権はどう異なるのか、なぜ人事と予算というフックが機能しないのかを整理した上で、事件から8年たった今もなお続く性暴力被害者の孤独な闘いを市民社会はどう支えるべきか。そして誰の統制も受けない無敵な聖域となってしまった検察をどう制御すればいいのかなどについて、ゲストのひかり氏と田中嘉寿子氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。 【プロフィール】 ひかり(仮名) 元大阪地検検事 2026年8月に検事を辞職。 田中 嘉寿子(たなか かずこ) 弁護士・元検事 1964年大阪府生まれ。88年京都大学法学部卒業。91年検事任官後、各地検、大阪高検検事などを経て2025年退官後、弁護士登録。女性共同法律事務所所属。検事時代に国連ウィーン本部・犯罪防止刑事司法部、法務省法務総合研究所・国際協力部、国際刑事裁判所・検事局での活動に従事。著書に『性犯罪・児童虐待捜査ハンドブック第2版』など。 宮台 真司 (みやだい しんじ) 社会学者 1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 神保 哲生 (じんぼう てつお) ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹 1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)