「黙秘権」は守られたか◆最高裁決定でも消えぬ疑問

横浜地検の取り調べに黙秘したら、検事から「ガキ」「お子ちゃま」などと侮辱されたとして、元弁護士の江口大和さんが国に損害賠償を求めた訴訟で、最高裁はこのほど江口さん側の上告を棄却した。これにより、検事による人格権侵害を認めて国に110万円の支払いを命じた一方、黙秘権の侵害は認めなかった一、二審判決が確定した。 黙秘権は、日本国憲法に定められた「自己に不利益な供述を強要されない」権利。江口さんは犯人隠避教唆容疑で逮捕された後、「事実無根です」と述べた上で黙秘することを宣言したが、その後も延べ57時間にわたり侮辱的な取り調べを受け続けた。このため、「取り調べを強いられたのは黙秘権の侵害だ」などと主張して提訴したが、一審はその侵害を認めず、二審も「取り調べの継続自体が供述を拒否する自由を奪うとは言えない」と述べて一審判決を支持していた。 最高裁の決定を受け、江口さんは「黙秘権の行使後は取り調べに限界があるのではないかという点に、最高裁は判断をしなかった。事実上、無制限に取り調べが行われてしまう現在の捜査実務に、お墨付きを与えたと誤解されかねない」と指摘する。今回の訴訟の弁護団も「黙秘権を行使しているのに延々と取り調べを受けることを強いるのは、明らかな黙秘権侵害行為だ。最高裁が黙秘権に関する判断を示さなかったのは大変残念だ」との見解だ。 憲法が定める黙秘権は、果たして実質的に保障されているのだろうか。江口さんの著書『取調室のハシビロコウ』(時事通信社)から抜粋・再編集して、黙秘権の行使を困難にさせる取り調べの実態と刑事司法の問題点を改めて報告する。◇取り調べに黙秘をした理由 〈取り調べに際して、江口さんが黙秘したのは次のような理由からだった〉 もし逮捕されたら取り調べで黙秘をすることは、はじめから決めていた。もちろん弁護人とも示しあわせており、とっさの選択ではなく、あらかじめ考えぬいていた結論だった。問題となった出来事は2年以上前のことで、細部の記憶はおぼろげだった。逮捕という異常な状況に置かれれば、きっと動揺もするだろう。その状態で事件について供述しても、記憶違いや言い間違いをしかねなかった。それは調書に記録され、裁判で不利な証拠になる場合がある。 加えて悩ましいのは、近年ようやく導入された、取り調べの録音・録画の仕組みだった。録音・録画は取り調べの適法性を担保する制度で、必要なことだけれど、一度口にした言葉が証拠として残るため、諸刃の剣でもあった。もし記憶違いから事実と異なる発言をすると、その映像が法廷で立ちはだかり、自分の口から真実を語る被告人質問の妨げになりかねない。被告人質問で自分の主張を正しく話せるよう、逮捕後の取り調べでは黙秘するのが最善の防御方針だった。 このように、黙秘は、真相を隠そうとする卑劣な戦法ではない。逮捕直後の動揺と曖昧な記憶の中で不確かな供述が記録されるよりは、黙秘によって真相を保ち、法廷という公開の場で堂々と語る方がいい。私にとって黙秘とは、おそれやうしろめたさの表れではなく、積極的な防御だった。◇黙秘を宣言しても過酷な取り調べは延々と続く 〈憲法で認められている黙秘権。しかし、その行使には強靭な精神力が必要だった〉 理屈では黙秘がベストだとわかっていても、実際にそれを貫くことは、想像以上に苦しいものだった。 横浜プリズン(編注:江口さんは横浜拘置支所をこう呼ぶ)の1階にある取調室は、横幅3メートル、奥行き4メートル、天井高4メートルくらいの広さの、白い壁に囲まれた小部屋だった。中には無機質な事務用の机と椅子しかない。そんな緊張感のあふれた空間に閉じこめられ、検事と一対一で向きあう。黙秘で必要なのは、何を言われても、あらゆる反応を抑えこむ忍耐力だった。 川村政史検事は、黙秘の壁に小さな穴を開けようと、絶え間なく攻撃を仕掛けてくる。挑発、揶揄(やゆ)、プライドを傷つける言葉。彼のねらいは、私に一言でも言いかえさせることだった。たった一度でも言いかえすと、それが会話の糸口になり、やがて本題の会話に引きずりこまれてゆく。その構図が見えているからこそ、怒りや驚きがこみ上げても、ぐっとこらえて、何も言わないように我慢した。それは想像以上に消耗するものだった。 言いたい放題に心ない暴言をぶつけられ、それでも言いかえすことができず、ただダメージが心にたまりつづけるのだ。それはさながら、ボクシングジムに吊るされたサンドバッグのような状態だった。 〈担当検事は、執拗に口を開かせようとしてきた。江口さんによると、その手口はこうだ。①人格や能力を否定する罵詈雑言を浴びせられる、②「否認/黙秘すると保釈されず、勾留が長びく」と不安をあおられる、③「勾留が長びくと家族や職場に迷惑がかかる」と罪悪感をあおられる、④「裁判が続く間は仕事ができず、経済的に破綻する」と現実的な恐怖を突き付けられる。そして、⑤「説得」と称して、取り調べが無制限に続けられる――〉 さらに過酷だったのは、黙秘をしても取り調べが長時間にわたって延々と続くことだった。これは「人質司法」(編注:逮捕・勾留された被疑者が長期間身柄を拘束される日本の刑事司法の在り方。国内外から批判されている)といわれ、社会問題になっている。 裁判所も、1999年3月24日の最高裁判決が、「逮捕、勾留中の(中略)被疑者に取り調べのために出頭し、滞留する義務があると解することが、直ちに被疑者からその意思に反して供述することを拒否する自由を奪うことを意味するものでない」と述べていた。 この判決がひとり歩きして、捜査関係者の間で、逮捕・勾留された被疑者には取り調べを受忍する義務があるという誤解が都合よく流布していた。裁判所も、その誤解に基づく捜査実務を是正していなかった。そのため、逮捕・勾留されている場合、取り調べが事実上無制限に延々と続けられてしまう運用が野ばなしになっていた。 私の場合、逮捕前の任意の取り調べの段階で、すでに合計15時間近く、事件について供述していた。それでも逮捕されてしまったので、逮捕直後の弁解録取(逮捕された被疑者の弁解を聴く手続)では、「容疑は事実無根です。これ以上お話しすることはありません」と述べた。そして逮捕翌日の取り調べでも、冒頭で「私はこれから黙秘に入ります」と宣言して、それ以降は言葉を発しなかった。 それでも、川村検事とその後の副検事は、私に「責任を自覚させるため」や「真実を供述するよう促すため」と称して、57時間も取り調べを続けた。私は容疑を否認しているし、これ以上話すつもりはないと宣言しているのに、だ。

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