「この部屋は? どこに連れて来られたのだろう?」(レビュー)

書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「引越し」です *** 引越しはたいていの場合大ごとであり生活が一変する可能性をはらんでいる。とりわけ子どもにとっては人生の忘れがたい出来事として記憶に刻まれるだろう。 イギリスの文豪チャールズ・ディケンズが子どもを主人公として書いた数々の名作はそのことを実感させてくれる。それらの長編は引越し小説とも言えるような構成をもつのだ。 『オリバー・ツイスト』(唐戸信嘉訳)の主人公オリバーは孤児である。生まれ育ったのは救貧院。だがそこは身寄りのない子を庇護するどころか、冷酷な監獄のごとき施設で、朝6時から働かせながらろくに食べ物も与えない。 「お願いします。もっとください」。食事の際おかわりをねだったことで、彼は9歳にして「性悪」の烙印を押される。そして葬儀屋に「貸与」され、小僧としてこきつかわれ、虐待される。 ついに耐えかねたオリバーは飛び出し、何日も歩き続けてロンドンへ。そこで彼は、巨大都市の底辺に巣くう泥棒の根城に暮らしたり、あるいは一転して立派なお屋敷にかくまわれたり。不思議な引越しの連続に身を委ねるはめになる。 「この部屋は? どこに連れて来られたのだろう?」 ユーモラスな筆致に切実な寄る辺なさが滲む。父親が逮捕・収監されたために12歳で家を出て働き始めたディケンズ自身の思い出が重ねられている。 意に染まぬ転居を強いられた少年の心情は消えずに残り、それが作品に古びない味わいを与えたのだ。 [レビュアー]野崎歓(仏文学者・東京大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社

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