1998年7月25日、小学生を含む4人の死者を出し日本中を震撼させた無差別殺傷事件「和歌山毒物カレー事件」。その犯人として逮捕された林眞須美には2009年に死刑判決が確定しているが、まだ執行されていない。そんな中で今も母の無実を訴えるのが長男・孝司(仮名)だ。21年に姉が、今年6月には父・健治が亡くなった。なぜ彼はたったひとりになっても闘い続けるのか? "死刑囚の息子"が数奇な半生と共に複雑な心境を明かした。【動かない父とふたりっきり】1998年の夏のある日――。当時10歳の少年は、以降の人生を犯罪者の子供としての運命を背負って歩むこととなった。「死刑囚の子供」として過ごし、すでに17年の歳月が経過している。今や日本一有名な死刑囚を生んだ「和歌山毒物カレー事件」。当事件で実刑判決を受けた林眞須美(65歳)の長男である孝司(仮名、39歳)は、加害者家族として数奇な人生を歩んできた。林家の4人の子供は事件後、児童養護施設での生活を余儀なくされた。事件の余波が与えた影響は大きく、誹謗中傷やイジメなども数え切れないほど経験してきた。当然、進学や就職、結婚などにも大きな弊害が生じている。しかし、本人が選んだ道は「和歌山にとどまり自分の役割を全うする」ということだった。2009年に林眞須美の死刑判決が確定後、3度にわたり再審請求を繰り返している。事件を起こす動機や、逮捕後の自白も、確たる証拠もない。それが孝司を突き動かす原動力となっている。以降、獄中にいる母と面会や手紙のやりとりを重ね、和歌山の地から母の〝冤罪(えんざい)〟を世に訴えかけてきた。家族の中で、そんな選択肢を取ったのは孝司だけである。長女は21年6月に関西国際空港の連絡橋から車で子供と一緒に海に飛び降り、命を絶った。父である林健治(享年81歳)は、今年6月に右下葉神経内分泌腫瘍のため鬼籍に入った。次女と三女は、事件とは距離を置いている。残された孝司は、今後ひとりで矢面に立ち、林家の〝業〟を背負い生きていくことになった。孝司が言う。