ネットで簡単につながれる時代に、なぜ孤独を感じる人が絶えないのか。元外務省主任分析官で作家の佐藤優さんは「本当に恐れるべきなのは孤独ではなく、『孤立』である。人間関係においては、他者にすべてを理解してもらおうとせず、適度な距離感を保つことが重要だ」という――。(第2回) ※本稿は、佐藤優『人間の性』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。■「一人でいること」の3つの意味 現代社会は、インターネットとスマートフォンの爆発的な普及により、かつてないほど「接続された」世界となった。SNSを開けば、私たちはいつでも誰かと連絡を取り合い、地球の裏側にいる見知らぬ人々とさえリアルタイムで言葉を交わすことができる。 しかし、「常時接続」が当たり前となった現代において、私たちは本当に他者とのつながりを深めているのだろうか。 SNS上では多くの人々とつながっているように見えても、孤独を感じる人は少なくない。絶え間なく流れてくる他人の活躍や充実した生活の様子を目にすることで、自分自身と比較し、劣等感や不安を抱いてしまうこともある。 政治思想家のハンナ・アーレントは、孤独についても深い洞察を示している。彼女によれば、「一人でいること」には3つの意味があるという。 一つ目は、人々が共同活動をする機会が奪われている政治的な「孤立(アイソレーション)」である。2つ目は、家族やコミュニティから断絶され、世界から完全に見放されてしまっていると感じる「見捨てられている状態/寂しさ(ロンリネス)」である。そして3つ目が「孤独(ソリチュード)」である。■本当に怖いのは「孤独」ではなく「孤立」 彼女によれば、この3番目の「孤独」は、決して悪い状態ではない。なぜなら、孤独において人は「自分自身と話をする」ことができているからだ。人間が深く思考し、新しいものを創造するとき、人は必然的に孤独にならざるを得ない。 つまり、孤独とは自分自身と向き合い、内省するための極めて重要な時間なのだ。 私たちが本当に恐れるべきは「孤立」、すなわちコミュニティから断絶され、見捨てられている状態である。仮に、この状態に陥った場合は、無理に精神力で打ち勝とうとするのではなく、生きる場所や働く場所を変えることで、脱するべきだ。 しかし、人間にとって必要な「孤独」までをも恐れ、SNSで表面的なつながりばかりを求めていては、かえって不安を増幅させ、自分を見失ってしまう。だからこそ、現代に生きる私たちは、「つながること」と「一人になること」の意味を改めて問い直す必要がある。 「つながること」について、考えてみよう。私たちは誰もが「自分のことを理解してほしい」という強い願望を抱きがちである。だが、はたして他者にすべてをわかってもらうことなど可能だろうか。