中日・工藤監督は「外様の名将」になれるか チームを優勝に導いた「外様」監督たち

中日の新監督に、地元・名古屋出身ながら球団への所属経験のない工藤公康氏が就任した。2015年から7年間ソフトバンクを指揮し、リーグ優勝3度、日本シリーズ制覇5度を達成した手腕を買われてのもので、6年連続Bクラスと低迷するチームの再建が期待されるところだ。そして、過去にも就任後にチームを頂点に導いた“外様”の名将が存在した。 万年Bクラスだったチームの選手たちを意識改革し、リーグ優勝4度、日本一3度の黄金時代を築き上げたのが、ヤクルト・野村克也監督だ。「生涯一捕手」を座右の銘に45歳まで現役を務めた野村氏は西武退団後、評論家や講演会講師などを務め、テレビのプロ野球中継ではストライクゾーンを9分割して配球を説明する“野村スコープ”で話題を集めた。 この斬新な視点と豊富な野球の知識に目をつけたのが、ヤクルトの相馬和夫球団社長だった。 テレビの解説やスポーツ紙のコラムなどを通じて、「これが本物の野球なんだ」と惚れ込んだ相馬社長は「うちの選手たちに本物の野球を叩き込んでくれませんでしょうか」と球団とは縁もゆかりもない野村氏に監督を要請した。 実は、この外部招聘には、ヤクルト本社の役員全員が「地味」「暗い」などの理由で反対していた。だが、相馬社長は「もし失敗したら、野村さんと一緒に私も球団社長を辞めます」とまで言い切ったという。 その熱意に心を打たれた野村氏は「1年目には種をまき、2年目には水をやり、3年目には花を咲かせましょう」と約束し、10年ぶりに現場に返り咲いた。 そして、ユマキャンプでは連日練習後に90分以上の夜間ミーティングを行い、「野村ノート」を通じて選手たちにID野球を伝授するなど、意識改革を図った。その効果は徐々に表われはじめる。 1年目の1990年は5位に終わったが、翌91年は3位、そして、3年目の92年は14年ぶりのリーグ優勝を果たし、見事公約を実現した。 暗黒時代真っただ中のチームを就任2年目に優勝させたのが、阪神・星野仙一監督だ。

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