『東京サラダボウル』は社会への問題提起だけで終わらない “緑色”は勇気の証に

『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』『燕は戻ってこない』などを放送してきたNHKドラマ10の新たな名品『東京サラダボウル』は、日本社会が直面する非常にアクチュアルなテーマが主旋律だ。のみならず、現代の我々がどんな姿勢で多様な社会を作り上げていくべきかという示唆にも富んでいる。 本作は、働き手や留学生など、外国人居住者が急増した東京を舞台に、国際捜査係の警察官である鴻田麻里(奈緒)と、警視庁通訳センターの中国語通訳人の有木野(松田龍平)が、外国人居住者がかかわる事件を解決しつつ、日本社会の“ストレンジャー”として苦痛がなおざりにされている彼らを救っていくストーリーだ。 出会って早々、有木野を“アリキーノ”と呼ぶなどコミュニケーションが得意な鴻田と、そんな彼女に巻き込まれつつ行動を共にする有木野の凸凹バディに胸が躍ると同時に、ビジュアル面で特に視聴者の目を引くのは、鴻田の鮮やかなグリーンカラーの髪だ。以前は多様な民族からなる国を表す表現として、金属が溶けて混ざり合う“人種のるつぼ”が用いられていたが、近年は、様々な野菜が形を保ちながら共存する“人種のサラダボウル”が浸透している(※)。サラダの主役であるレタスを思わせる鴻田の髪だが、緑色は他にも作品の中で頻繁に登場する。 たとえば鴻田の服装。ジャケットやシャツはもちろん、ボトムスもグリーンを基調にしていることが多い。もちろん、アバンギャルドな髪色に合わせたコーディネートであるのだろうが、たまにジャケットの下にえんじ色や、赤い模様が目を引くセーターなどを着ている。赤は緑の補色であり、色相差が最も大きいのでお互いの色を目立たせる効果がある。さらに撮影の照明なのかポストプロダクションでの色彩化によるのか分からないが、グリーンが強く出ているシーンも多い。 ここまで緑が作品の中で象徴的に使われている理由は、作品の世界観をけん引する鴻田にとって、非常に重要な色だからだ。 エピソード6「海と警察官」では、鴻田が幼少期を過ごした出身地の福岡で出逢った、在日コリアン一家との思い出が語られる。その地域にはコリアンタウンがあり、釜山からやってきた一家は、韓国食材店を営んでいた。娘・スヒョン(水瀬紗彩耶)は、美大志望の高校生で、絵が上手だった。鴻田はスヒョンを“オンニ”(韓国語で“お姉さん”)と呼び、スヒョンの母親にチマチョゴリを着せてもらうなど、実の姉妹のように過ごしていた。そしてスヒョンのチマチョゴリは、淡い緑だった。 あるとき、そこでスヒョンは、鴻田に伝える。「最初は怖いけど、決めるんよ。真っ白なキャンバスに自分の色を落とすんやって。大事なのは決めることなんよ」そして、「自分の色を決めて、この色で塗っていくんやって、思い切って筆を落とす」と言う。そして、彼女が描いた水彩画の海の色を見た鴻田は「普段見ている色と違うように見える」とつぶやく。釜山と福岡の海の色は違うのだろうかと言う鴻田に対し、スヒョンの口ぶりは、何か思い悩んでいるかのようだった。 しかしそこで「海の色は違うけど同じ海やで。繋がっとると」と、青色だけで描いていた海に、思い切って緑色を塗るスヒョン。色相環図で隣り合い、より細かく分けるとグラデーションを作る緑と青は、違う色でありながら同じ位相系統を含む。二人が住む国の海の色が同じになることはない。でも繋がることはできる。徐々にグラデーションのように緑と青が近づくように、相手が見ている色との距離を縮めることは可能だ。互いに違うことを理解し、違うからこそ素敵なんだと、差異を尊重して生きていく二人の未来が暗示される。しかしこの後スヒョン一家は、父親(趙珉和)が密輸に加担した疑いで逮捕されて、二度と会えなくなった。

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