ムード歌謡グループ・純烈が1日、新体制に突入した。2023年1月に加わった岩永洋昭(45)が3月いっぱいで卒業し、メンバーは歴代最小の3人に。これからグループは、どうなっていくのか-。司令塔となるリーダー・酒井一圭(49)を直撃すると、見えてきたのは「ALFEEモード」と「弟分の進撃」。最新版のロードマップが明らかとなった。 2007年に6人組として結成されたグループは、ついに半分となった。新メンバーを加える予定はないという。 リードボーカルの白川裕二郎(48)、唯一素人出身の後上翔太(38)との新体制となり、酒井は「卒業した4人は全員ウイングのアタッカー。基本的なセンターラインは、ピッチャー白川、キャッチャー酒井、センター後上で不動なんだよね」となぜかサッカーと野球を混在させて説明した。 23年1月から新メンバーとして岩永を迎えたが、2年3カ月で卒業。全国各地を飛び回る純烈の活動は、経験ゼロですぐに順応できるほど甘くはなかった。酒井も「(新メンバーを)入れるグループじゃないと分かった」と率直だった。 24年に初の日本武道館公演を成功。将来図について酒井は「純烈としてはやることがないんですよ」とぶっちゃけた。 「これからは生活編です。紅白や武道館は富士山の頂上だったと思う。僕らは高尾山。登って下りて、登って下りて、ケーブルカーやリフト、時には歩く。大層なことを狙ってることもない」 続けて「ALFEEモード突入です」とまとめた。18年、初紅白のリハで酒井は「夢は紅白、THE ALFEE」と次なる目標を掲げ「あのステージ数、信頼と実績。ALFEEさんを目指したい」と語っていた。 次々と高い山を目標に掲げ、駆け上がるのではなく、高水準をキープしたまま目の前の山を愉しむ。「常に右肩上がりで面白いことばかり起こる純烈じゃなくてもいいんじゃない?って思ってる。『次はYouTube!100万人だ!』とかいっても、誰もついてこれないもん」と笑った。 純烈が安定期に入る中、年内デビューを目指すのが弟分グループだ。オーディションを経て、4人が昨年9月からレッスン中。選考理由は「ノースキャンダルな雰囲気」だったという。 「週刊文春に悩まないように、純烈よりもほこりが出ない4人を選んだ。元ライダーや戦隊ヒーローでもない。つまり、華も毒もない。なんで選んじまったんだ、と!日本芸能史上、最も何もないグループ。無味無臭だね。透明すぎて見えない」 早くも後悔している雰囲気だが…。弟分4人は仕事を辞め、退路を断った上に「少なくとも純烈のファンは、このグループを応援しない毛色になっている」という。 「真っすぐ生きてきた人間をへし折るのが僕のプロデュースなんですよ。『そのままで食えなかったよね?じゃあ、今から金の方向に折るから死ぬなよ、せーの、ボキッ』みたいな感じ」 追い込んで覚醒を待つ4人組がデビュー後には、さらなるオーディションの構想もある。「次は無差別級です。逮捕歴があろうがやりたいやつこい、と。限定解除です」と驚異の方向転換。ルール無用の純烈流が、一族レベルで広がっていく。 「純烈みたいな『なんだこれ?』の連続がブランドカラーになっていくかもしれない。それが僕のやりたいこと。既存のマーケットというか『マーケットすら作っていくよ』ってイメージです」 3人組の大先輩を追いかける長男に、頭を抱えるほど無な次男、その後に誕生するかもしれない問題児確定(?)な三男。安定を志向しつつ、結局は奇想天外な展開が待ち受けているんだろうな…と思わざるを得ないシン・純烈であった。 ◇純烈(じゅんれつ)酒井一圭がメンバーを集め、2007年結成。10年にメジャーデビューするも打ち切られ、スーパー銭湯などの温浴施設を中心に地道な活動を続けた。13年に日本クラウン移籍。目標として「夢は紅白、親孝行」を掲げ、18年にNHK紅白歌合戦初出場。19年に文春砲でメンバーが芸能界を引退し、4人体制に。22年の紅白で小田井涼平が卒業し、23年1月に岩永洋昭が加入(25年3月卒業)。24年11月の日本武道館公演には過去のメンバーも出演した。