東野圭吾『クスノキの番人』アニメ映画化のポイントは? 原作から読み解く、伊藤智彦監督への期待

人気ミステリー作家、東野圭吾の『クスノキの番人』(実業之日本社文庫)がアニメ映画化されることが先日、発表された。 これまで数多くの作品が映像化されてきた東野氏の小説だが、アニメ化されるのはこれが初めて。監督は『劇場版 ソードアート・オンライン -オーディナル・スケール-』や『HELLO WORLD』といった作品で知られる伊藤智彦氏で、A-1 Picturesがアニメーション制作を担当する。 東野氏の小説とアニメという組み合わせも伊藤監督という組み合わせも、意外性あるものと言えるが、果たしてどんな相乗効果を発揮するだろうか、原作となる小説の内容と、伊藤監督のこれまでのキャリアを振り返ることで考えてみたい。 ■人の念を媒介する不思議なクスノキをめぐる物語 本作は、不思議な力を秘めたクスノキをめぐる人間模様を描く物語が紡がれる。シングルマザーに育てられ、貧しい生活を送っていた青年・玲斗は、不当な理由で職場を解雇され腹いせに盗みを働き逮捕されてしまう。そこに、突然弁護士が現れ玲斗を釈放に導く。その弁護士を手配したのは、千舟と名乗る年配の女性で、玲斗の叔母だという。彼はほとんど親戚とつきあいのない家庭で育ち、父親が誰かすら知らない。そんな自分に千舟は、とある神社にあるクスノキの番人をするように告げる。 そのクスノキは満月と新月の日になると、祈念に来る人々が訪れる。その祈念とはなんなのか、玲斗は知らされないまま、他に仕事ができる当てもないので、言われるがままにクスノキの番人業務をこなす日々を送ることになる。 ある日、佐治優美という女性が、自分の父がクスノキに祈念に来たかどうかを玲斗に尋ねてくる。その男性が何を祈念しているのか、2人は調べ始めるために、協力することになる。その過程で玲斗は、自分の出生の秘密や家族のこと、優美の父親について、祈念とは何かについて、徐々に知ってゆくことになる。 あまりネタバレしたくないので詳述は避けるが、このクスノキは今は会えない人と心をつなぎ合わせることができる不思議な力を宿しており、この木をめぐる大きなファンタジー要素を抱えた作品だ。 その上で東野圭吾氏らしいミステリー要素も見られる。クスノキの秘密、佐治親子の秘密や、主人公の玲斗と柳澤家の関係など、様々な謎がちりばめられ、一つひとつが絡み合い、一本の線となっていく。ファンタジー要素を持った人情ドラマを、ミステリー仕立てで描く作品で、東野氏の過去作では『ナミヤ雑貨店の奇蹟』に近い作風の内容と言える。 ■派手な展開ではなく、日常芝居で見せるアニメになりそう さて、この小説をいかにアニメ化するのかだが、アニメーションに向いた題材とは思わない人が多いのではないかと思う。じっくりと人間の機微を描いていくタイプの作品で、現代日本に生きる若者の葛藤や、高齢者の生き方などを丹念に描いており、普通に考えると、人間ドラマを演出できる監督が、生身の俳優を起用した実写の映像が思い浮かぶ内容だ。アニメで描けないことはもちろんないが、アニメでしか描けないという内容でもない。 現実離れした空想を具現化することならアニメの方が向いている。本作にはいささかファンタジーの要素はあるが、物語の核は生身の人間たちの等身大の物語だ。 この作品をアニメ化するのであれば、丹念にキャラクターの日常芝居で演出していく必要があるだろう。派手なシークエンスで見せるタイプの作品ではないので、脚本の構成も重要だ。クスノキをめぐるファンタジックな要素は、アニメで描くメリットが出やすいところだが、基本的には日常芝居で勝負する作品になるのではないか。 とはいえ、一目見ただけで何かを感じさせるような、印象的なクスノキをロケ地として見つけてくるのも至難の業かもしれない。そういう意味では、アニメに優位性があるとも言える。現在、キービジュアルとして公開されているクスノキのビジュアルは、荘厳さを感じさせ、ここには何かがあると一目で思わせる説得力がある巨木だ。これを実際に見つけてくるのは大変だし、ましてや神社に生えているものを探すのは困難だ。もちろん、実写映画でもCGでクスノキを作ることは可能だが、全て絵でリアリティラインを統一できるアニメの方が説得力のある映像になるかもしれない。 アニメはリアリティラインの設定が自由だ。思いっきりファンタジックな世界にすることもできるし、現実に即した世界観を描くこともできる。原作小説とアニメ版でリアリティラインを同じにするかどうかわからないが、色々とアレンジしがいのある内容だと思う。想いを伝える不思議なクスノキという設定を借り受ければ、無限に物語を生み出せるだろうし、アニメ化にあたって物語にアレンジを加えるのかどうか、気になるところだ。 伊藤智彦監督は、『ソードアート・オンライン』のようなライトノベル原作作品や、オリジナルの『HELLO WORLD』といったSF作品を代表作に持つが、一方で『僕だけがいない街』のようなミステリー作品も手掛けている。演出家として間口の広いタイプだと思うので、東野圭吾の小説をアニメとしてどう映像にするのか楽しみだ。 昨今、アニメは派手な演出とエフェクト、情報量を増やした映像が好まれる傾向にあるが、脚本を磨き上げて登場人物の心理を丹念に芝居で見せていく演出力で勝負できる作品は、そう多くない。この原作小説は、それに挑む必要がある題材なので、伊藤監督とA-1 Picturesがどんな芝居を作ってくるのか、期待している。

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