1948年5月のイスラエル建国に伴い、多くのパレスチナ人が難民となった「ナクバ」から77年。イスラエルのガザ地区・西岸地区への攻撃はかつてないほど激化を続けている。2023年の「10.7」にいたるまでに、イスラエルとパレスチナの間にどのようなことが起こっていたのか。パレスチナ/イスラエル研究者の早尾貴紀氏が解説する。(JBpress編集部) (早尾貴紀、東京経済大学) ※本稿は『イスラエルについて知っておきたい30のこと』(早尾貴紀、平凡社)より一部抜粋・再編集したものです。 ■ イスラエルと米国が選挙結果を潰した 2006年のパレスチナ評議会選挙で勝利し単独与党になったハマースは内閣を組織しました(このときの首相が、24年7月にイランで殺害されたイスマーイール・ハニーヤでした)。 ところが、欧米とイスラエルはハマースの政権を認めず、ハニーヤ政権は機能不全に陥ってしまいます。 2006年から07年にかけて、イスラエルとアメリカはPLOの中心を担うファタハに、武器や弾薬を大量に供与し、アメリカ軍に至っては、ヨルダンにあるアメリカ軍の基地でファタハの戦闘員に軍事訓練まで施していました。そうして、従来のPLOだけを自治政府として認めるので選挙結果を覆せと、ファタハにクーデターを促したのです。 民主的に選ばれた気に入らない政権に対して軍部にクーデターを起こさせるという手法は、アメリカが南米でもアフリカでも、いろいろなところでやってきたことです。 ■ ガザ地区に封じ込められたハマース こうして引き起こされた2007年のハマースとファタハの内戦では、イスラエル軍が西岸地区に介入してハマースの議員や活動家を逮捕して流刑のようにガザに送り、「反オスロのハマースはガザ地区にしかいない」という状況を人為的につくりました。 ハマースが一掃された西岸地区では、イスラエルとアメリカからの軍事支援を受けたファタハが選挙結果を無視して、自治政権を握ります。 ガザ地区はハマース発祥の地でハマースの地盤ですから、ハマースのほうが逆にファタハを蹴落として選挙結果の通りに政権を握りました。 欧米はそのことをもって「ハマースが武力でガザを実効支配している」と言っていますが、ハマースは選挙結果に基づいて与党になっているので、むしろ「ファタハが武力で西岸地区を実効支配している」のが現実です。 それにもかかわらず、日本政府がイスラエルや欧米と足並みを揃えてハマース政権をボイコットして、ファタハ中心のPLOを正当な自治政府と認めているので、日本の報道もそれに従ってしまっています。これは我々がパレスチナの現実を知る上で大きな歪みとなっています。