青山幸男、77歳。住吉会系の二次団体元幹部、覚醒剤の元運び屋だ。全国指名手配され、インターポールにまで追われたこの男は、北朝鮮ルートで300㎏（当時の末端価格で180億円）もの覚醒剤の密輸未遂・所持で逮捕された過去を持つ。 ’08年に懲役15年の判決が下され、青山は横浜刑務所に服役。’23年11月に出所してからは、カタギとして日々を過ごしている。 「心臓の手術もして、もう先は長くない。私の経験、すべてお話ししますよ」 元運び屋が、懺悔ともとれる壮大な半生を告白した――。 ◆「密入国」の裏側 ’80年代後半は、紅粉勇さんら２名の日本人船員がスパイ疑惑をかけられ、北朝鮮に７年間も″無実抑留″された「第十八富士山丸事件」が注目を集めていた。そんななか、思わぬ組織との接点も生まれた。青山が回想する。 「公安警察から接触がありました。北朝鮮と絡みがあるバンコクの中国系企業が私の知り合いで、『北と繋いで欲しい』と頼まれたのです。公安は私の紹介もあり無事に北朝鮮側とコンタクトがとれた。『公安、ひいては日本政府に貸しが一つ出来た』と思ったものです」 香港に拠点を置く偽造パスポートのブローカーから、「北朝鮮への密入国はイージーだ」と告げられ、青山は北京やマカオ経由で入国に成功。パスポートに判子を押されず、北朝鮮入国の形跡が残らない方法も指南された。 そんななか、ある台湾人の仲介で、北朝鮮ルートの巨大な覚醒剤取引を試みることになった。密輸現場の視察を経て、その思いは強まった。 「乗用車やバイクのオイルなど、船の貨物にシャブを忍ばせて日本に持ち込む方法が当時の主流だった。だが、それでは量は運べないし、リスクも大きい。かつては緩かった香港経由は厳しくなり、台湾経由も警察が目を光らせつつあった。 一度は泳がされても、二度目でたいていがバレる。それなら一発で大きなシノギをまとめたらいい。それが可能だったのが北朝鮮ルートだった」 この大仕事を終えて、裏稼業から足を洗う――。そんな思いで北朝鮮に渡った青山を待ち受けていたのは、目を疑うような現実の連続だった。 空港に到着すると軍人とおぼしき人物が旧型のベンツで迎えに来て、軍の招待所へ案内された。高級ホテルさながらの豪勢な宿泊施設での生活にはメイドがつき、北朝鮮料理が振る舞われた。そして、″商品″のテイスティングを勧められる。すると、これまで体験したことがないトリップに誘われ、３日間眠ることができなかったという。 「なぜ北朝鮮がこれだけの『上物』を製造できるのかを尋ねた。すると、『作っているのは台湾人だ』と言うのです。覚醒剤の製造には優れた技術者が必要で、その多くが台湾人だった。北朝鮮で台湾人が雇われていることに驚きました。北では『５つの軍の施設で覚醒剤が製造されている』と聞きました」 数日間の滞在を経て、用意されたトラックに300㎏の覚醒剤を積み込み、南浦(ナムポ)の港へ向かった。韓国ルートでの密輸も考えたが、現地の協力者からは「国際問題になる」と拒否された。 南浦に着くと、工作船が待機していた。北朝鮮の漁船を改造したもので、予め手配した日本各地に散らばる漁船に積み替え、密輸する計画だった。’01年に北朝鮮の工作員と海上保安庁による壮絶な銃撃戦が行われた末に10名が死亡した「九州南西海域工作船事件」と全く同じ船を使うことになっていた。 しかし――この密輸計画は、人的エラーで早々に頓挫することになる。 「南浦はアメリカの衛星によって監視されていた。しかも、ハングル文字で上塗りしていた塗装が剥がれ、偽装用に書いていた日本語が早々と浮かび上がってしまった。不審に思ったアメリカが日本に通報。密かに海上保安庁と警察が連携して、追跡していました」 ’98年８月。一足先に空路で平壌(ピョンヤン)から帰国していた青山のもとに、船員達から「追われている」と連絡が入った。陸揚げを図ろうにも、警察の目をかいくぐる必要がある。山口組系の有力団体らに組の垣根を越えて協力を仰いだ。その後、青山ら幹部は高知県・土佐清水港への上陸前に、「覚醒剤を海に投棄しろ」という指示を出す。 ◆逃亡生活の果てに―― 土佐清水港に入港すると、船員達は約30人の捜査官に取り囲まれた。だが、海に捨てられていたため、覚醒剤は出てこない。青山は別の幹部２人とスキューバダイビングのセットをレンタルして、後日、海中から覚醒剤を回収する段取りだった。しかし、ここでも誤算があった。 「潮の流れが早すぎて、ポリ袋に入れた覚醒剤が足摺岬や三重、愛知の沖に流され、県警に押収されてしまった。『覚醒剤が沖で発見された』という報道を見て、覚悟を決めた。私は全国指名手配され、長い逃走生活が始まりました」 防犯カメラの精度が高まった現代では考えられないが、「逃亡は決して難しくなかった」と青山は言う。組の関係者から月25万円の逃走資金の援助を受け、帽子に眼鏡という簡単な変装で外を出歩くこともあった。 「タンクトップに短パン姿で交番の前をランニングしていました。手配写真を見ても堂々とするように努めた。普段通りに振る舞えば意外にバレない。ただ、連絡はほぼ誰とも取らなかった」 静岡県・伊東市の質素なアパートで暮らす生活も苦ではなかった。それでも懸賞金がかけられ、近所のスーパーにさえ、自分の手配写真がある日々に心的な負担を感じ、一ヵ所に長居することは避けた。 静岡を出て、大阪、四国、北海道、東京などを転々とした。しかし、前述の「九州南西海域工作船事件」を機に関係者が逮捕されたことで援助金は打ち切り。逃走資金は底を突きつつあった。 最後の地となったのは、千葉県の鎌ケ谷市。知人の紹介で入居した、賃料不要という″ワケアリ″の古びたアパートだった。同居人は日中から覚醒剤を使用する、薬物中毒の夫婦とその子ども。夫婦が育児を放棄していたため、青山が遊び相手になり世話をした。だが、ある日夫婦は「仕事だ」と告げて、姿を消す。その後、警察官６人がアパートに来て取り押さえられ、時効直前の逮捕となった。 「シャブをシノギにしていた人間が、覚醒剤買う金欲しさで売られて逮捕されるんだから皮肉だよね。俺は時効の成立日を正確に把握してなかった。もし知っていたら確実に逃げられていたよ。ただね、捕まって正直ホッとした。出頭しようと考えたこともあったから。悪さして逃げ続けるのはやっぱりキツかった……」 青山らに科された追徴金は、14億円にも上る。数々の薬物犯罪に手を染めた事実は重い。だが、「後悔はない」と青山は言い、最後にこう付け加えた。 「現役ならカッコつけるけど、もう終わった人間。だから薬物犯罪が増えないよう、正直に話しただけ。覚醒剤の恐ろしさは骨身に沁みているからね」 そう言い残すと、青山は街の雑踏へ消えていくのだった――。 『FRIDAY』2025年6月6日・13日合併号より 取材・文：栗田シメイ（ノンフィクションライター）