『罪人たち』完全ネタバレ徹底解析!数々の深淵な謎が込められた、全米大ヒットの異色ホラー映画を読み解く

北米で2週連続1位、2億7500万ドルの興行収入を上げる大ヒットを記録し、世界興収もすでに3億6000万ドルを超え、批評家から大絶賛されている『罪人たち』(公開中)。ライアン・クーグラー監督が三度マイケル・B・ジョーダンとタッグを組んだ、初のオリジナル映画だ。 物語の舞台は1930年代、アメリカ南部の田舎町。故郷に戻ってきた双子の兄弟スモークとスタック(マイケル・B・ジョーダン)は、暗黒街で稼いだ大金で白人の地主から製材所を買い上げ、黒人コミュニティのために酒とブルースをふるまうダンスホールの開業を計画する。双子の従兄弟でギタリスト志望のサミー(マイルズ・ケイトン)、酒浸りのブルースマン、デルタ・スリム(デルロイ・リンドー)、スモークの元パートナーのアニー(ウンミ・モサク)、畑の小作人コーンブレッド(オマー・ミラー)、地元商店の中国人夫婦らを仲間に引き込み、なんとかオープン初日の夜を迎えるが、サミーが奏でる音色に導かれるようにして、ある招かれざる者たちが現れる…。 本作は、1860年代にアメリカ深南部のアフリカン・アメリカンの間で誕生し、「悪魔の音楽」とも呼ばれたブルースが放つマジカルな神秘性を題材にしたディープな音楽映画でありながら、KKKが暗躍するジム・クロウ法(注:1876年から1964年にかけてアメリカ合衆国南部で存在した、黒人の一般公共施設の利用を禁止・制限した人種差別的な法律制度のこと)時代を背景にしたスペクタクルなヴァンパイア・アクション映画でもあるという、壮大でユニークなマスターピースだ。海外では早速、アカデミー賞候補という声も上がっているが、このネタバレ解析を参考に、数々の深淵な謎が込められた重層的な本作を読み解いてみてほしい。 ※本記事は、ネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)を含みます。未見の方はご注意ください。 ■クラークスデイル(Clarksdale) 映画の舞台はアメリカ南部、ミシシッピ州のミシシッピ・デルタの一角、クラークスデイルだ。この街はソウル界のレジェンド、サム・クックや、ブルース界のレジェンド、ジョン・リー・フッカーの生誕地であり、同じくブルースのレジェンドで現代シカゴ・ブルースの父、マディ・ウォーターズもこの近くの街で育った。『罪人たち』は主にルイジアナ州で撮影されたが、クーグラーは脚本のリサーチのためにクラークスデイルを訪れたという。人口約14000人(そのほとんどが黒人)のこの街には映画館がなく、地元住人たちは『罪人たち』を観る機会がなかったが、コミュニティのリクエストを受け、5月29日にプレミア上映会が開催。クーグラーと妻でプロデューサーのジンジ・クーグラー、作曲家ルドウィグ・ゴランソンらが出席した。 ■クーグラーの親族からインスパイア 『罪人たち』の始まりは、クーグラーと叔父との関係だった。映画にインスピレーションを与えたクーグラーの叔父、ジェームズも映画の舞台と同じアメリカ南部ミシシッピ生まれ。クーグラーは、幼い頃にジェームズとよく一緒に過ごしたそうで、この叔父はブルースが大好きで(音楽はブルースしか聴かなかった)、映画は観なかったが、ラジオでサンフランシスコ・ジャイアンツの試合を聞き、レコードでブルースを聴く、テイラー・ウイスキーが好きな人物だったという。ジェームズは『クリード チャンプを継ぐ男』(15)の撮影中に、この世を去ったという。そういう意味でも、『罪人たち』はクーグラーにとって最もパーソナルな作品なのだ。 ■ロバート・ジョンソン、悪魔に魂を売った男 ミシシッピ出身のブルース界のレジェンド、ロバート・ジョンソンは、エリック・クラプトンやキース・リチャーズ、ジミー・ペイジにも影響を与えた20世紀を代表するミュージシャンの一人。彼が「悪魔に魂を売って超人的な歌唱力とギターテクニックを手に入れた」という言い伝えが有名だが、悪魔と取引をしたクロスロード(十字路)があるのが、前述のクラークスデイルだ。彼の鬼気迫る壮絶なプレイは、1936年と37年の2回のレコーディングで録音された「クロスロード」や「スウィート・ホーム・シカゴ」といった代表的な楽曲で確認することができる。ジョンソンは1938年に27歳の若さで亡くなった。女癖の悪いジョンソンが手を出した女性の嫉妬深い夫がウイスキーに毒を混入し、それを飲んで死んだという説もあるが、真相はわかっていない。 ■アル・カポネ 映画の冒頭で、スモークに遭遇した男が「シカゴでアル・カポネのために働いてたんじゃなかったのか?」と驚くシーンがある。スモークとスタックの双子の兄弟は、シカゴのイタリア系アメリカ人のマフィア組織「シカゴ・アウトフィット」で働いていたが、地元ミシシッピに戻ってきたという設定だ。シカゴ・アウトフィットは実在するマフィアで、1925年から32年に逮捕されるまで、アル・カポネがボスだった。双子がアル・カポネに仕えていた時代のプリクエル(前日譚)が製作されるのでは?という噂があるが、果たして? ■革新的な音楽モンタージュ・シーン 『罪人たち』のハイライトといえば、映画前半に登場する、現在・過去・未来のブラック・ミュージックが時空を超えて一つの場所で交わる、シュールでマジカルなモンタージュ・シークエンスだろう。若きブルースマン、サミーが「I Lied to You」をプレイし始めると、アフリカの民族音楽やヒップホップ、ロック、そしてゴスペルまで、黒人ミュージシャンたちのスピリット(霊的存在)が出現し、同時にプレイを見せるというスペクタクルに満ちた驚異の映像体験に心が震える。いかにミシシッピ・ブルースが音楽史において重要であるか、いくつもの世代やカルチャーにどれほど大きな波及効果をもたらしたのか、さらにブラック・ミュージックの不死性、不滅性を体現している名シーンだ。撮影監督のオータム・デュラルドによると、このシーンは数か月かけて準備をし、約36kgのIMAXカメラで1日で撮影されたという。 ■マイルズ・ケイトン 映画初出演ながら準主役という大役を手に入れたマイルズ・ケイトンは「家族全員が歌を歌うか楽器をプレイできる」という音楽一家で育ったニューヨーク、ブルックリン生まれのミュージシャン兼俳優。2022年に人気R&BシンガーのH.E.R.と一緒にツアーを周り、23年にデビュー・シングル「This Ain't It」をリリース。H.E.R.に勧められて『罪人たち』のオーディションを受けたそうだが、その当時、彼はまだギターが弾けなかったという(!)。ケイトン演じる、スモークとスタックの従兄弟、サミー・ムーアが歌う「I Lied to You」(俺はあなたに嘘をついた)は、「真実は人を傷つけるとみんなが言うから、嘘をついた。俺はブルースを愛してる」という内容の、ブルースの伝統に則した苦難と回復力(レジリエンス)を歌ったパワフルなナンバーだ。 ■1932年 映画の舞台は1932年の米南部ミシシッピ。『罪人たち』の登場人物は、アフリカ系アメリカ人がメインだ。彼らは1929年の大恐慌の深刻な影響を受けながら、さらに人種差別的内容を含む人種隔離政策が法律として制定された「ジム・クロウ法」の真っ只中であり、1870年代に一度は姿を消した白人至上主義結社、KKK(クー・クラックス・クラン)も1920年に復活し、アメリカ南部の黒人が迫害されていた時代。この映画の真の悪役はアイルランド出身の吸血鬼レミック(ジャック・オコンネル)ではなく、人種差別主義者の地主でKKKのリーダーであるホグウッドではないか。そんなことも考えさせる。 ■アイリッシュ・ヴァンパイア レミック率いるヴァンパイアたちが、19世紀のアイリッシュ・フォーク・ソング「ロッキーロード・トゥ・ダブリン」を歌い、踊り狂う興味深いシークエンスが終盤に登場する。レミックはなぜアイルランド人という設定なのだろうか?黒人のブルース、白人のフォークという対比と呼応以上の意味がありそうだ。ブルースは奴隷化された黒人が歌うスピリチュアルについての歌であり、労働歌。一方、アイルランド人、レミックが歌うアイリッシュ・フォークは真の苦闘についての物語。ともに遠い昔に生まれた音楽ジャンルであり、困難な状況にいかに対処するかを歌っている点で共通している。 また18世紀から19世紀にアメリカに移民してきたアイルランド人たちの社会的地位は現在と比べてかなり低く、苦難が多かったという(といっても黒人のように奴隷にされていたわけではないが)。映画冒頭のモノローグ(語手はスモークのパートナー、アニー)で、真の音楽を創る才能を持つミュージシャンが過去と現在から霊を召喚し、自分のコミュニティを癒すだけではなく悪を引きつける、その特殊な力を持つグループの一つが「古代アイルランドの詩人」と語られる。 また「吸血鬼ドラキュラ」でお馴染みのブラム・ストーカーはアイルランドのダブリン出身であり、モダン・ヴァンパイアのルーツはアイルランドにあると言われているので、これも理由の一つかもしれない。クーグラー監督は「アイリッシュ・フォークに取り憑かれている。僕の子どもたちもだ。僕の名前(first name)はアイリッシュだしね」と語っている。 レミックは最初の登場シーンで、ヴァンパイア・ハンターのネイティヴ・アメリカンたちから逃れてくるが、彼の年齢は1200歳か1300歳ではないかと言われている。もしそうだとすると、アイルランドが12世紀後半から700年以上イギリスに支配されていた時代を生きていたことになる。レミックがサミーに執着する理由として「昔、愛していた者たちと再会するため」と発言していたが、サミーは音楽をプレイすることで時空を超越する特別な能力を持っているため、彼をヴァンパイアにすることで自分も同じ力を得てかつての仲間や家族と再会できると考えていたのだろう。 ■中国人夫婦 劇中、主人公である双子の友人であり、町で小さな食料雑貨店を営むグレースとボウの中国人夫婦が登場する。実は、クーグラー監督は義父の祖先の中にミシシッピ・デルタに住んでいた中国系アメリカ人がいたことを発見し、当時そのエリアでは中国人が経営する食料雑貨店も多かったことから、この2人のキャラクターを登場させることに決めたという。さらに、先述したサミーのライヴの驚異的なモンタージュ・シーンには、実はブラック・ミュージックだけではなく、中国の戯曲(京劇などのチャイニーズ・オペラ)のパフォーマーの姿も見える。『罪人たち』のディープな美と文化的多様性のレイヤーが垣間見られる瞬間だ。 ■メタリカ クーグラー監督によると、『罪人たち』に対する自身のビジョンに影響を与えた曲があるという。彼は「なにか曲のように感じられる、コントラストと変化がある映画」にしたかったらしく、そこでヘヴィメタル界の生けるレジェンド、メタリカの「ワン」を念頭に置いたという。「『罪人たち』も『ワン』も、張り詰めた雰囲気で始まり、次第にメロディックになり、そこからとんでもなくクレイジーな展開になる。でも終わった時には、そこにたどり着くべくたどり着いたことが明らかになるんだ」。 1988年のアルバム「メタル・ジャスティス」収録の同ナンバーはメタリカの代表曲の一つ。メタリカのドラマーで創設メンバーの一人、ラーズ・ウルリッヒは『罪人たち』のスコアにも参加している。『罪人たち』はブルース・ファンやフォーク・ファンだけではなく、メタルヘッズ必見の作品でもあるのだ。ちなみに「ワン」のミュージックビデオは、反戦映画『ジョニーは戦場へ行った』(71)の映像を一部使用しているショッキングな内容だ。 ■レファレンス クーグラーは『罪人たち』が影響を受けた作品として、(特に類似性が高い)ロバート・ロドリゲスが監督したパワフルなヴァンパイア・アクション『フロム・ダスク・ティル・ドーン』(96)、同じくロドリゲスが監督したSFホラー『パラサイト』(98)、コーエン兄弟の代表作『ファーゴ』(96)と『ノーカントリー』(07)、ジョン・カーペンターの作品群(クーグラーのフェイバリット・ホラーはカーペンター監督のSFホラー『遊星からの物体X』)、「トワイライト・ゾーン」シーズン3のエピソード「The Last Rites of Jeff Myrtlebank(邦題:ミステリーゾーン「蘇ったジェフ」)」(62)、さらにスティーヴン・キングの小説「呪われた町」(セイラムズ・ロット)を挙げている。 ■クリストファー・ノーランのサポート エンドクレジットのスペシャル・サンクスに、クリストファー・ノーランとエマ・トーマスの名前が。一体なぜ?その理由は、『罪人たち』はIMAXカメラとウルトラ・パナビジョンのカメラで、65mmのフィルムで撮影されており、クーグラーは撮影の際に、ノーランと妻でプロデューサーのエマ・トーマスからアドバイスを受けたのだという。ノーランは『ダークナイト』(08)、『ダークナイト ライジング』(12)、『インターステラー』(14)、『ダンケルク』(17)、『TENET テネット』(20)、『オッペンハイマー』(23)、そして最新作『The Odyssey(原題)』をIMAXで撮影したエキスパート。クーグラーは『罪人たち』について「見知らぬ他人で埋め尽くされた満席の映画館で、痛快な映画を鑑賞する体験へのラヴレター」だと語っている。 ■エンディング スモークはレミックと仲間たちを葬り去り、製材工場の元所有者ホグウッドとKKKの仲間たちを皆殺しにするが、彼自身も銃弾を受けてしまう。意識が遠のく彼の前に、愛するアニーと娘の2人の霊が現れて、スモークはこの世を去っていく。 1992年、年老いたサミー(演じるはブルース界の生けるレジェンド、バディ・ガイ)が自身のブルース・クラブでプレイしていると、60年前と同じ若さを保つスタックとメアリーがやってくる。あの惨劇の夜、スモークはスタックの命を助ける条件として、サミーに手を出さず、彼が天寿を全うすることを誓わせたのだった。サミーの死が近いことを悟ったスタックは、彼に永遠の命(=ヴァンパイアとして生きること)を提案するが、サミーは自分は十分に生きた、と言いこの申し出を拒否する。出口に向かう2人に、サミーは「太陽が暮れるまでのあの1日が、人生で最良の日だった」と語りかける。スタックも、あの日が最後にスモークと一緒に太陽を見た日であり、唯一自由を感じた日だとサミーに賛同する。 文/小林真里

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