違法捜査で事件をでっち上げるとは国家権力の暴走と言うほかない。警視庁公安部は解体的な出直しが必要だ。 生物兵器の製造に転用できる機械を不正輸出したとして、機械メーカー大川原化工機の社長らが逮捕・起訴された冤罪(えんざい)事件である。 その後起訴は取り消され、社長らは国と東京都に損害賠償を求めた。東京高裁は一審判決に続き「合理的な根拠を欠いた」として捜査と起訴を違法と認めた。 一審より違法性に踏み込んだ厳しい判決だ。国と都は上告しないと表明し、約1億6600万円の賠償を命じた判決が確定した。 社長ら3人の勾留は8カ月から11カ月に及び、1人は起訴が取り消される前に被告のまま病死した。 警視庁と東京地検は先週、社長らに直接謝罪したが、取り返しのつかない重大な人権侵害である。 焦点となった噴霧乾燥装置は液体を霧状にし、熱風で粉末にする機械だ。生物兵器製造に悪用される恐れがあり、殺菌性能に関する要件を満たす場合、国内外で輸出規制の対象となっている。 判決が認定した事実を見ていくと、捜査のずさんさにあぜんとする。 この輸出規制について、経済産業省は公安部の解釈の問題点を指摘していた。にもかかわらず公安部は再考せず逮捕に踏み切った。 従業員から規制対象に該当しないと聞いていたのに追加捜査をせず、取り調べでは虚偽の供述調書を作った。 法廷で事件を「捏造(ねつぞう)」と発言し、立件について「決定権を持つ人の欲」と証言する捜査員らもいた。 公安部への国民の信頼は地に落ちたに等しい。追認した検察も同罪である。 最大の問題は、この信じ難い過ちを誰も止められなかったことだ。公安部は当初の見立てにこだわり、独自の解釈で立件に突き進んだ。 公安部は過激派や右翼、外国のスパイ、テロ対策などを担当する。犯罪の未然防止に当たろうとターゲットを決めてかかることが多い。 こうした捜査は冤罪を生みやすい側面があり、慎重さが求められる。国家の治安を守るためならやむを得ないという人権軽視や、組織の閉鎖性が背景になかったか。 警視庁と検察当局はそれぞれ検証を行う。第三者が関わってうみを出し切り、体質を改めねばならない。 公安部が捜査に着手した時期は、当時の安倍晋三政権が経済安全保障の観点から、技術の流出防止策を強化しようとした時期と重なる。無理な立件の背景に政権への忖度(そんたく)がなかったか、検証が必要だ。 保釈請求を却下し続けた裁判所の責任も重い。否認すると保釈が認められにくくなる「人質司法」は、冤罪の温床になることを今回の事件は如実に示した。最高裁は保釈の運用改善に乗り出すべきだ。