【プレイバック’05】「奈良小1女児殺害事件」〝鬼畜ロリコン〟と言われた犯人が流した涙の「真贋」

10年前、20年前、30年前に『FRIDAY』は何を報じていたのか。当時話題になったトピックを今ふたたびふり返る【プレイバック・フライデー】。今回は20年前の’05年8月19・26日号掲載の『あの鬼畜ロリコン男は「反省」などしないのか 奈良女児誘拐殺人・X被告「獄中で書いた読書感想文」を初公開』を紹介する。 ’04年11月17日に奈良市内の小学1年生の女児・Aちゃんが誘拐され、深夜に遺体で発見された事件。逮捕された新聞販売員のX(当時36)の犯行時の鬼畜の所業が明らかになると世間は震撼した。そんなXが獄中で綴っていた感想文には、彼の意外な一面が吐露されていた(年齢・肩書はすべて当時のもの。《》内の記述は過去記事より引用)。 ◆「まあ、人間のやることではないでしょう」 《鬼畜の目にも涙、といったところか。 「私自身 彼女のように身体的障害に対し臆する事なく立ち向かう事が出来るような人生を歩んで来ていたら……と考えると涙が止まりませんでした」(原文ママ=以下同) 奈良の小1女児誘拐殺人犯・X被告(38)は拘置所でこんな読書感想文を書いていた。逮捕後、反省のかけらもみせなかったロリコン男の心に何が起きたのか――》 事件はまさに〝鬼畜の所業〟だった。’04年11月17日、Xは下校途中だったAちゃん(当時7歳)を「家まで送ってあげる」と誘拐。自宅へ連れ込んでわいせつ行為に及んだあげく浴室で殺害した。さらに遺体写真を撮影し、Aちゃんの両親に送信したのだ。 その後も「次は妹だ」などと両親を恐怖に陥れるようなメールを送信する一方で、行きつけのスナックでAちゃんの遺体写真を見せびらかしていた。これがきっかけでわいせつ目的誘拐、殺人、死体損壊など8つの容疑で逮捕された。 それだけではない。奈良県警での取り調べでの発言も、想像を超えた鬼畜ぶりだった。 《「後悔してない」「大騒ぎになったのを見て満足した。両親に詫びる気持ちなどまったくありません」「もう(同じ犯罪を)やらないとは思わない。早く死刑になり、この世とおさらばしたい」「世間に名を残したい」 公判で、「(誘いを)断られたら、どうするつもりだったか」の問いに、「次の子(を狙おう)とは考えている」と答え、「まあ、人間のやることではないでしょう」と、まるで他人事のように自らの凶行を総括してみせ、遺族を激怒させたのは記憶に新しい》 ◆ハンディを持つ人々のドキュメンタリーに〝号泣〟 そんなXが獄中で号泣したのだという。それは’05年5月に代理人弁護士がXに渡した『会えて、よかった』(三五館・刊)という一冊の本を読んだからだった。同書は身体障害などのハンディを持つ人々が、周囲の差別的な視線をはね返して生きていく姿を描いたジャーナリストの故・黒田清氏の著書。Xは左目に軽い障害を持っており、そのことをコンプレックスに感じて生きてきたという。Xは本を拘置所の部屋で一読するや号泣。弁護士のすすめもあって、冒頭のような文章を書き綴った。そこには以下のような感想も書かれており、その後の公判での態度は一変した。 《「同じ色の血をした人間同士が、「差別」という事をするのは何故なのか? 疑問に思い、又、私自身は身体的欠陥(左目のことに関して)を差別的言葉を浴びせられたりした時の事を思い出し悔しく思います」 そして去る7月4日の第5回公判で彼の証言は一変する。裁判官に対し、「(女児には)お詫びの言葉しかない」 と答え、弁護側の再質問には、「拘置所で毎日、就寝前に(女児に対して)手を合わせている」と語ったのだ》 代理人弁護士は次のように語っていた。 《「Xには本を読んで感動して泣く気持ちは残っている。人格が荒廃するまでには至っていないんです。更生の可能性が残っていると私は思う。事件の解明には彼の異常な性格を作り上げた不幸な生い立ちに踏み込む必要がある」》 第5回公判では弁護側が請求していた情状鑑定を行うことが決まり、Xは精神科医らによるテストや面接により心理分析にかけられることとなった。〝鬼〟が流した涙を情状鑑定ではどう分析したのだろうか。 ◆情状鑑定で告白していた〝真実〟 ’06年2月に奈良地裁に提出された情状鑑定の結果は、Xを「反社会性人格障害」および「ペドフィリア(小児性愛者)」と診断するものだった。この鑑定の最中にXは鑑定人や弁護士に「Aちゃんに睡眠薬(ハルシオン)を飲ませていたずらしようとしたが、Aちゃんは風呂の中で溺死してしまった」と殺害行為を否定する告白をしていた。 しかし、地裁は解剖を担当した医師による所見から、Xの主張を「自身の刑事責任を減免するための虚偽と言わざるを得ない」と断じた。供述を変えた理由についてXは「自分の罪を軽くしようとするためではない」と言ったものの、詳しい理由について話さなかったことから、「反省していない」と判断されてしまった。 ’06年9月、Xは死刑の判決を下される。弁護人は控訴したが、X自身がそれを取り下げたために10月11日に死刑が確定した。刑は’13年2月21日に執行されている。 「Aちゃんは溺死」というXの主張は彼が自身の中でずっと抱えてきた〝真実〟だったようだ。それにもかかわらず、法廷で主張しなかったのには理由があった。6月から12月までXが手記を寄せていた雑誌『創』の編集長である篠田博之氏は、Xの刑が執行された後の’13年4月号の同誌に次のように書いていた。 「逮捕後も裁判でも、彼は捜査側の主張をほとんどそのまま認め、死刑を望むと主張してきた。しかし、一方で、真実を語りたいという思いに駆られ、揺れていたのだという。 X死刑囚は、その真実を話そうと決心して、『大事な話がある』と弁護人を奈良から呼び寄せた。そして当時、鑑定にあたった精神科医にも同じ話を打ち明けた。ところが、罪を認めたうえで情状酌量を得るために情状鑑定を求めていたその時点で、裁判を最初からひっくり返すような被告人の話を、弁護人はにわかに信じなかったらしい。彼は失望に囚われ、もう法廷で自分の主張をするのはやめようと考えた」 彼の〝真実〟が本当だったのかどうかはもはやわからない。しかし、このときに本を読んで流した涙は、本当のものだったのかもしれない。

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