8月19日、ドナルド・トランプ大統領は自身が設立したSNS、トゥルース・ソーシャルで再びスミソニアン協会を非難。複数の展示施設や研究・教育機関を擁する同協会の展示について、「我が国がいかにひどいか、奴隷制がいかに悪かったか、虐げられてきた人々がいかに成果をあげてこなかったか」ばかりを語っていると書き込んだ。怒りの矛先はワシントンD.C.のみならず、全米にも向けられ、博物館や美術館は「『WOKE(*1)』の残党」だと不満を露わにしている。 *1 WOKE(ウォーク)は「目覚めた」の意。マイノリティの権利拡大や環境保護運動などで、社会正義を追求しようとする急進的な活動家を批判する際などに用いられる。 「奴隷制がいかに悪かったか」とトランプは指弾するが、博物館・美術館が展示で伝えようとしているのはそれが全てではない。この発言自体、文化施設に対する限定的で危険な視点を示唆していると言えるだろう。 スミソニアンが運営する展示施設の1つ、国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館(NMAAHC)を例として見てみよう。確かに、この博物館の展示は大西洋奴隷貿易がいかに残酷で暴力的な制度だったかを見せているので、その点ではトランプの指摘は間違っていない。NMAAHCの所蔵品の中には、奴隷の男性たちをひとまとめにして拘束する足枷や、人間を所有物として留め置くための拘束具を写した古い写真、そして「逃亡した3人の黒人の少女たち」を捕獲した者に250ドルの報奨金を払うと書かれた1848年の広告などがある。 だが、NMAAHCは単に奴隷制の恐ろしさを見せるだけでなく、その中で人々がどう生き抜き、解放を目指したかにも同じように焦点を当てている。この点ではトランプの攻撃は的外れだ。たとえば、ハリエット・タブマン(*2)の持ち物だったハンカチや、2007年に彫刻家のアリソン・サールが制作した、南へ向かって行進するタブマンの像の展示がある。また、視覚芸術作品の展示室では、奴隷制度廃止運動家の白人、ジョン・ブラウンの生涯を辿るジェイコブ・ローレンスの版画シリーズを見ることができる。版画は必ずしもブラウンだけを主題にしているわけではなく、1977年のある作品ではブラウンは後ろ姿で描かれ、その向こうから解放された黒人男性たちがこちらをまっすぐに見据えている。 *2 元奴隷の奴隷解放活動家。黒人奴隷の解放を目指した非合法組織「地下鉄道」で、数百人の逃亡を手助けしたとされる。南北戦争では北軍のスパイとして、またアメリカ初の女性指揮官として活躍した。 NMAAHCのウェブサイトではまた、「Slavery and Freedom(奴隷制と自由)」と題された展示セクションの目的が明確に説明されている。そこでの主要なメッセージの1つは、「アフリカ系アメリカ人はこれまで一貫して、全てのアメリカ人に資する新たな自由のビジョンを生み出し続けてきた」というものだ。 トランプは「奴隷制がいかに悪かったか」を目の当たりにさせるこの展示を侮蔑的と感じ、SNSに書き込んだような反応をしているのだろう。そして彼は、ここで示されている自由のビジョンを黙殺している。展示で光が当てられているのは、奴隷が体験した悲劇だけでなく、自由を求めた彼らの忍耐力や粘り強さでもあるのだ。