松山市で1982年にあった「松山ホステス殺害事件」で指名手配され、15年の逃亡の末、時効成立の3週間前に逮捕された福田和子元受刑者を題材にした映画「私の見た世界」がこの夏、公開された。俳優、石田えりの初の長編監督作品だ。幾人ものジャーナリストや作家らが裁判を傍聴してその素顔に迫ろうとし、映画、ドラマ化がなされてきた。石田はその逃亡生活に視点を置いた。【聞き手・明珍美紀、写真も】 ◇南洋の島がきっかけ ――美容整形で外見を変え、数々の偽名を使って逃亡し続け、時効直前に逮捕。その半生は世間に衝撃を与えましたが、自ら監督して、福田和子元受刑者に視点を置いた映画をつくろうと思った理由は。 初めは、南洋の島で体験したことを映画にしたいと思っていました。20年ぐらい前ですが、所属事務所が変わり、仕事に入る前にひとり旅をして、これからどう生きるかを考えようと思って訪れたのがクック諸島。ホテルもレジャー施設もそんなにない。自分が普段見ている世界とまったく別で、異国的で不思議な体験をした。 とはいえ、実際に映画をつくるとなると、海外ロケで費用はかかるし、いきなりこの作品からは無理だと諦め、まずは、別の内容で短編映画をつくり、いよいよ長編、となったとき、「これならできそうだ」と。 ◇逃亡者の出会った人々 ――南の島から、この題材。 もともと警察、犯罪小説を読むのが好きで、事件の渦中にある女性を追った、作家の澤地久枝さんの「烙印(らくいん)の女たち」など実在の人物について書かれた作品を読み、「福田和子」という女性に出会いました。刑務所で執筆した自伝なども読みましたが、特に「逃げる」という行為に興味を持ちました。 逃亡中は食べていくためにお金を稼ごうとして性的搾取を受けざるを得ない状況に追い込まれる。女の人が生きていくのはやっぱり大変なんですよ。 「罪を犯した人」がどのように社会と接点を持とうとしたのか。逃亡生活を描くことによって社会の本質が見えるのではないか。そんな思いで「福田和子」が逃亡中に出会った人たちを、「福田和子」の目で見て描いてみようと思い立ちました。 ◇隠蔽された刑務所内の性暴力 ――福田和子元受刑者は今治出身ですが、高校を中退した17歳のとき、高松市の公社宅に2歳年上の男性と押し込み強盗に入って逮捕され、高松高裁で実刑判決を受けました。けれども公判中、松山刑務所内の未決の被告人を収容する房内にいた際、男の服役者から性暴力を受けた。手引きをしたのが看守で、しかも、被害は隠蔽(いんぺい)されてしまった。 そうです。被害届を出していたのに。 ――強盗事件の公判で福田元受刑者は、「弁護士と看守が来て、裁判でマイナスになるから余計なことは話さない方がいいと説得された」という趣旨の証言をしていて、被害届を取り下げる書類に署名、押印してしまった。 性的搾取の問題を考えるうえでは、10代のときのこの体験がその後に影響したのではないかと思います。 被害がなかったことにされたのは、心身の苦痛だけではなく、社会への不信をもたらしたと想像できる。心の奥で「もう、誰も信用しない」という気持ちがあったと思うのですが、結婚して子どもが生まれ、子どもにはとても慕われた。 ◇運命的な出会いが気持ちを変えたのでは ――ところがその後、34歳で殺人事件を起こして、逃亡生活に入る。 理由については、私も分かりません。被害者はキャバレーの同僚で、自分よりも若く人気のあったホステスへの嫉妬があったとも言われている。結局、本人は最後まで動機に関しては、はっきりしたことは言わなかった。 ――映画では、裏街道を走った生活で唯一、主人公が生き生きとしていたのは、石川県の和菓子店で働いていたときでした。お客さんの評判がよく、店も繁盛した。 逃亡生活の最後の方ですが、これも事実に基づいたものです。先ほど10代の時の経験で、(福田元受刑者は)「誰も信じられなくなったのではないか」と言いましたが、店主が自分を受け入れてくれて、やはりどこかで人を「信じたい」という気持ちがあったのではないかと思う。 そして、その運命的な出会いのおかげで(殺人事件の)被害者に対しても悔恨の気持ちが募り、罪を償う気持ちになったのではないか。それで最後の最後で、逃亡を諦めたのではないかと。 ◇主人公が見たものを想像し映像化 ――今回の映画づくりで工夫したことは。 自分で脚本を書き、映画の撮り方も結構、独断で決めました。例えば、彼女はここでは、こういうものを見たんだろう、ここで会った人はこういう顔をしていたのではないかと想像し、(主演する)自分はあまり出ないで、そのイメージを映像化した。 ――俳優陣には、佐野史郎さんをはじめ、アングラ(アンダーグラウンド)演劇の役者もいましたね。 みなさん、味のある演技で、よかったでしょう。何より、それぞれの役にぴったりの顔だと思います。 ◇恐怖を見つめることで解放される ――初の長編監督作品が、公開された心境は。 どのような反響があるか、どきどきしましたが、東京での公開初日は多くの方が来てくださってうれしく思いました。 生きていればどんな人も、過去の過ちなど、できれば「逃げ通したい」ことがありますよね。私、夢の中でのことですが、おばけに追いかけられたことがある。怖いから逃げるのですが、逃げると恐怖がだんだん増大し、「もうこれ以上、逃げるのは無理」と思って、振り向くとその原因が消えていたのです。 それは、「自分の嫌なことや恐怖は、逃げずに見つめることで解放される」というメッセージなのだと受け取りました。 罪を犯した一人の女性の逃亡生活を描いたこの映画が、生きるうえでの何かのヒントになればと願っています。