アメリカのドナルド・トランプ大統領は18日、自分に批判的な内容ばかり放送するテレビ局は放送免許を取り上げられるべきかもしれないと発言した。イギリス国賓訪問から帰国する大統領専用機の機内で記者団に話した。 米ディズニー傘下のABCテレビは17日、人気の深夜トーク番組「ジミー・キメル・ライブ!」の放送を無期限で休止すると発表。右派活動家チャーリー・カーク氏の銃撃事件をめぐるキメル氏の発言を受けての決定とされている。トランプ大統領はABCの発表直後に、その決定を歓迎した。 これについて機内で記者団に質問されたトランプ氏は、かねて自分に批判的なキメル氏を「才能がなかった」、「視聴率はもっと低かった」などと繰り返し酷評した上で、「ネットワーク局が夜の番組を持っていて、そこではひたすらトランプをたたいている。それしかしない」、「免許を受けているのに。そんなことは許されない。民主党の手先なんだ」などと述べた。 さらに、「どこかで読んだが、ネットワーク局は97%、私に反対で私に否定的で、それでも私は(昨年の大統領選で)激戦州7州全部を簡単に勝った」のだとトランプ氏は述べ、「(主要ネットワーク局は)自分について悪いことを広めるだけだ。免許を与えられているのに。もしかしたらその局の免許は取り上げられるべきじゃないかと思う」と述べた。 ■「公共の利益」と放送免許 カーク氏が9月10日、ユタ州の大学で開催されたイベント中に銃撃されて死亡した事件では、タイラー・ロビンソン容疑者(22)が11日に逮捕され、殺人罪などで訴追された。 キメル氏は事件当日、インスタグラムで事件を非難し、カーク氏の家族に「愛」を送ると投稿していた。 キメル氏は15日の放送で、「MAGA(アメリカを再び偉大にしよう)の連中は必死になって、チャーリー・カークを殺した子供が、自分たちとは全く違うと見せかけようとしているし、この事件から何としても政治的な得点を稼ごうとできる限りのことをしている」と発言した。 キメル氏は続けて、カーク氏追悼のため半旗を掲げる動きがアメリカ国内で広がっていることや、トランプ大統領の反応を批判。「これは友人の殺害を悼む大人の態度じゃない。これは金魚をなくして悲しむ4歳児の反応だ」と述べていた。 こうした発言について、連邦通信委員会(FCC)のブレンダン・カー委員長は、「これ以上あり得ないほど不快なふるまい」だったと非難し、ABCの親会社ディズニーに対応を呼びかけていた。 トランプ大統領に指名されてFCC委員長に就任しているカー氏は、「(放送局は)FCCから放送免許を与えられている。免許を受けるからには、公共の利益に資する運営が義務付けられている」と保守系ポッドキャスト番組で述べた。また、キメル氏が謝罪することが、「最低限の合理的な対応だ」とも話した。 カー委員長はさらに18日、FOXニュースのインタビューで、キメル氏の番組中止で「一件落着ではない」と発言。「我々は引き続き、放送局が公共の利益にかなう行動をとるよう、その責任を問い続ける。この簡単な解決法が気に入らないなら、放送局は免許を返上することもできる」と述べた。 FCCはABCのような主要ネットワークや系列局に対して規制権限を持つが、ケーブル局やポッドキャスト、ストリーミングコンテンツには権限が及ばない。 法律の専門家たちは、FCCが政治的見解を理由に放送免許を剥奪することは、表現の自由を保障する合衆国憲法修正第1条に基づき、法的に認められないはずだと指摘する。 2015年から2021年にかけてキメル氏の番組の構成作家だったジョー・ストラズロ氏は、構成作家たちが動揺しているとBBCに話した。 「みんな職を失うかもしれない状態で、見ていてつらい。彼らと連絡をとってみたが、いったい何が起きているのか誰もまだ正確にわかっていない。舞台裏で調整が続いている」のだという。 ABCがキメル氏の番組を無期限に放送休止にすると発表したのは、アメリカ最大級のテレビ局運営会社ネクスター・メディアが「当面放送しない」と発表した直後でのことだった。ネクスターは、カーク氏殺害に関するキメル氏の発言が、「国家的政治対話の重要な時期において、攻撃的かつ無神経なもの」だと批判。同社のアンドリュー・アルフォード社長は、キメル氏の発言が「私たちが拠点とする地域社会の、さまざまな意見や見解や価値観を反映するものだとは思わない」と述べていた。 FCCのカー委員長は、ネクスターが「正しいことをした」と感謝し、他の放送局にも同様の対応を期待すると述べた。ネクスターは現在、テグナ社との62億ドル規模の合併に向けてFCCの承認を求めている。 ABC系列局最大手のシンクレアも、キメル氏の19日の放送枠でカーク氏を追悼する特別番組を放送すると発表している。 一方、FCC唯一の民主党員アンナ・ゴメス氏は、カー委員長の発言を批判。「異常な状態にある一人の人間による許しがたい政治的暴力を利用して、幅広い検閲や統制を正当化するなど決してあってはならない」とソーシャルメディア「X」に投稿した。 ■他の深夜トーク番組がキメル氏支援 キメル氏の番組放送中止には、複数の俳優や脚本家、バラク・オバマ元大統領を含む民主党関係者らが反発している。 オバマ氏は、今回の事態がいわゆる「キャンセル・カルチャー」を危険なレベルに引き上げる、新局面だと警告。 「キャンセル・カルチャーについて何年も文句を言い続けた挙げ句、現在の政権は繰り返し、気に入らない記者やコメンテーターを黙らせるよう規制措置をとるぞとメディア企業を脅迫し続けることで、キャンセル・カルチャーを新しい危険なレベルにまで引き上げた」とソーシャルメディア「X」に投稿した。 俳優のベン・スティラー氏は「正しくないことだ」とコメント。コメディー・シリーズ「ハックス」でエミー賞の主演女優賞を得たばかりのジーン・スマート氏も「番組打ち切りはとんでもない」、「ジミーが話した内容は、自由な表現であって憎悪表現ではなかった」と強調した。 18日夜には、CBSのスティーヴン・コルベア氏など他局の深夜番組司会者がこぞってキメル氏を支持。かねてトランプ氏に批判的なコルベア氏は、「これは露骨な検閲だ。独裁者相手に、一歩も譲ってはならない」と力説した。 CBSは今年7月、深夜トーク番組「レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア」を来年終了すると発表している。 ケーブル局コメディー・セントラルの深夜コメディー番組「ザ・デイリー・ショー」では18日、通常のスケジュールを変更し、看板司会者ジョン・スチュワート氏が「みなさんの愛国的で従順な司会者」としてファンファーレと共に紹介されて登板した。 通常のセットをわざとトランプ政権のホワイトハウス執務室に似せた白と金の装飾に変え、画面を金縁で囲み、「全く新しい、政府公認のデイリー・ショーです」という宣言と共に、「政権に従順」な番組を披露した。スチュワート氏は、トランプ氏が身に着けることが多い濃紺のスーツに赤いネクタイという姿で、トランプ氏を「親愛なる指導者」「太陽神」と呼ぶなどした。 スチュワート氏はさらに、「この政権が表現の自由を気にしているふりをしているのは(中略)前例のない権力の集約と威圧を隠ぺいする冷笑的な策略にすぎないという意見もある」、「そういう人もいる。でも僕は違うよ。最高だと思う」と皮肉った。 他の出演者たちも同じ濃紺のスーツと赤いネクタイを着て、トランプ氏が刑務所に収監された際の写真を貼ったマイクを手に並んだ。そのうちの1人が、ピンクのネクタイだと周りから責められると、「赤いネクタイ、これしか持っていないんだ」、「大丈夫だ、独裁者は幼児みたいにほめそやせばいいんだ」というやりとりをした。 政権が表現の自由を封殺していると思うかとスチュワート氏に聞かれると、他の出演者たちは一斉に「そんなことないよ、ジョン。アメリカ人は何でも自由に意見を言える。それ以外の可能性を言うなんて笑える。ははは」と、棒読みのように声をそろえた。さらに、トランプ氏を「礼賛」する歌をぎこちなく歌った。 キメル氏の番組降板について、ハリウッドの全米脚本家組合(WGA)は、「憲法で保障された言論の自由の侵害」だと非難し、「この建国の根本的真理を忘れた政府関係者は恥を知るべきだ」と声明を発表。俳優組合SAG-AFTRAも、ABCの措置は「すべての人の自由を危険にさらすような、抑圧と報復だ」と述べている。 ■発言への責任との意見も 一方で、この事態はキャンセル・カルチャーではなく、自分の発言についてどう責任をとるかという話だとする意見もある。 メディア企業バーストゥール・スポーツ創設者のデイヴ・ポートノイ氏は、「多くの人が不快で無礼でばかだと思う発言を生放送でして、それで処分されても、それはキャンセル・カルチャーじゃない。それは自分の行動の責任をとらされているだけだ」と述べた。 FOXの深夜番組司会者グレッグ・ガットフェルド氏は、キメル氏が「わざとミスリードして」、カーク氏殺害の責任をカーク氏の「仲間や友人たち」に押し付けようとしたと批判した。 イギリスの司会者ピアーズ・モーガン氏は、キメル氏は「チャーリー・カークの殺害犯がMAGA(アメリカを再び偉大にしよう運動)支持者だとうそをついた」と主張。それで「アメリカ中が激怒するのは当然だ」として、「なぜ(キメル氏が)言論の自由の殉教者のように扱われているのか」と述べた。 (英語記事 Trump says TV networks 'against' him should 'maybe' lose licence, after Kimmel suspension)