映画『爆弾』が、公開されるやいなや多くのエンターテインメントファンから熱い支持を受けている。封切り前から業界内での評判がとても高かった作品だが、いまは映画玄人のみならず、幅広い層の観客たちに届いているらしい。スリリングな映画の内容もさることながら、“全員主役級”の俳優陣による胆大心小な掛け合いが功を奏している印象だ。そのうちのひとりが伊藤沙莉である。彼女はやはりどのポジションでも確実に魅せ、作品を成功へと導いていく稀有な俳優だろう。 本作は、「このミステリーがすごい!2023年版」で第1位を獲得した呉勝浩による同名小説を、『帝一の國』(2017年)や『キャラクター』(2021年)などのヒット作を生み出してきた永井聡監督が映画化したもの。巨大都市・東京を恐怖に陥れる連続爆破事件をめぐり、その関係者と思しきスズキタゴサク(佐藤二朗)と警察組織の攻防をダイナミックな筆致で描き出していく。 主人公・類家を演じる主演の山田裕貴を筆頭に、本作に集った者の多くが主役を張った経験を持つ演技巧者たち。ここに伊藤は並んでいる。 朝ドラ『虎に翼』(2024年度前期/NHK総合)が好評を博し、ヒロインを演じた伊藤は“国民的俳優”と呼べる存在になった。これに異論のある方はほとんどいないだろう。それほどまでに、いまの彼女の立ち位置は堅い。20年以上のキャリアの中で築き上げてきた俳優としての基礎力は非常に高いもので、華麗なテクニックを披露することもしばしばだ。 もちろん、ここでいうテクニックとは、いち観客の立場から客観的に感じ取っているもの。だから当然、演じ手である彼女が得意げに披露しているようなものでは断じてない。それはさりげなく、たとえば“大小高低”と声を操る際などに表れる。現在は主演映画『風のマジム』も公開中。名実ともに広く支持される、得難い俳優である。 その彼女が『爆弾』で演じているのは、交番勤務の巡査・倖田沙良。物語は野方警察署の取調室からはじまるが、酒屋で問題行動を起こしたことで取調べを受けることになったスズキタゴサクは、倖田が先輩の矢吹(坂東龍汰)とともに逮捕したのだ。映画の公式サイトでは彼女のことを“猪突猛進な行動派”と紹介している。そう、倖田は矢吹とふたりで爆弾捜査に駆け回るのだ。坂東と展開する掛け合いは軽快そのもので、全体的にシリアスなトーンの本作に、ささやかなユーモアを与えている。 これは東京という大都市を舞台にした大作映画で、作品のスケールが非常に大きい。爆破によって街が破壊されるシーンが何度もあるような作品なのだから、それはそうだ。と同時に、スズキタゴサクと彼に翻弄される者たちの心理戦を描く、繊細な作品でもある。だから俳優たちには、胆大心小な演技が求められるわけだ。 物語が進んでいくうちに、俳優たちの演技も熱を帯びる。それぞれのキャラクターの思惑が、ときに群像劇として、またあるときには個々が主人公の物語として、スズキタゴサクを中心に交錯していく。倖田はこの作品における最重要ピースであり、伊藤は共演する仲間たちとともにスリリングな群像劇を体現しながら、自身のターンが回ってきたときには主役に躍り出る。このポジションの切り替えが鮮やかで美しい。 盤石のフォーメーションを絶えず維持したゲーム展開で作品の全体像を観客に提示し、自身のところにボールが回ってきたら、力強く走り抜けるーーこれはもちろん比喩だが、この作品ではまさにこうした優れたプレイヤーたちによる、正確で滑らかなフォーメーションのチェンジが実現しているのだ(むろん、演出や編集の力が大きいのは言うまでもない)。そうしてチーム(=作品)を勝利(=成功)に導いていく“スタメン”のひとりが、国民的俳優の伊藤沙莉というわけなのである。『爆弾』における彼女のパフォーマンスには、「これぞ真の演技者!」と叫ばずにはいられない感動があるだろう。 かつては『悪の教典』(2012年)に生徒役のひとりとして参加していたこともある伊藤だが、こういったジャンル映画色の濃厚な作品に出演するイメージが、少し薄れつつある。そこへやってきたのが『爆弾』だ。伊藤のさらなる可能性が、ここにハッキリと示された。