谷川雁の功罪問い直す映画撮影進む 熊本・水俣出身

水俣市出身の詩人・評論家で、1960年代の炭鉱労働運動などに深く関わった故・谷川雁(がん)(1923~95年)の歩みをたどるドキュメンタリー映画の制作が進んでいる。撮影は終盤に入り、このほど監督の稲塚秀孝さん(75)が熊本市を訪れて県立くまもと文学・歴史館が保有する資料を撮影した。 谷川は、作家の上野英信や石牟礼道子らと福岡県の筑豊炭田を拠点に「サークル村」を結成して、九州・山口の炭鉱労働者や農民らが参加する文化活動を生み、炭鉱労働者らの側に立って労働争議を闘うなどして、労働運動や学生運動に大きな影響を与えた。 今回の映画で稲塚監督が目指すのは、現代的な視点から谷川の功罪を改めて問い直すことだ。福岡県中間市にあった大正炭鉱で61年に起きたある事件をめぐる谷川の対応に、映画は焦点をあてる。 大正炭鉱では、石炭から石油への転換が進む中で閉山をめぐる労使対立が激化。谷川は、労働者による「大正行動隊」を引っ張っていた。そんな中、隊員の妹が性的暴行を受けて殺害される。約半年後に逮捕された犯人は同じ隊員仲間だった。このことを知った被害者の兄は自殺する。 事件発生後、大正行動隊の解散や幹部の辞任論などがあがったが、谷川は、殺人事件という個人の犯罪と労働運動という組織の問題を切り離し、運動の維持に傾注した。その中では、運動を守るために、殺された被害者にまで責任を負わせようとした姿勢なども、記録に残っている。この過程で谷川は、同居していた森崎和江と決別している。 このとき谷川がとった行動について、性暴力に向き合う姿勢が甘く、家父長的で組織優先だと批判する声は強い。ただ、稲塚さんは「これを、時代遅れな考え方などとして、単純に切り捨ててよいのか」と問う。個人の尊厳よりも集団の論理を優先する発想は、実は現代社会にも通じると感じている。「決して、いまとは違うと言い切れない。映画を通じて議論を生み出したい」と話す。 映画では、取材を重ねてきた大正行動隊の元隊員や当時の政治活動家ら約10人が登場するほか、事件の経緯を再現ドラマで描く予定だ。タイトルは「幻のかくめい」。犯人の兄は撮影後に亡くなった。11月中にも基本的な編集を終えて、来春の公開を目指している。(伊藤隆太郎)

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加