キム・ミンハの真骨頂は“涙のシーン”に宿る 『テプン商事』『Pachinko』などの必見作

今、頭から離れない1シーンがある。『テプン商事』第10話で、キム・ミンハ演じるミソンが大号泣するシーンだ。 このドラマは、社長が急逝した上にIMF通貨危機の影響で倒産寸前まで傾き、社員もお金も無くなった“テプン商事”を、遊びまわっていた息子のテプン(イ・ジュノ)と社員のミソンが立て直そうと奮闘する姿を描いた物語。勉強熱心で鋭い感覚を持っているものの、雑用ばかりさせられていたミソンは、テプンとの新たな出発を機に夢だった“商社マン”としての一歩を踏み出した。 そして紆余曲折あり、ヘルメットをタイに輸出することになったのだが、再び仲間に加わったマジン(イ・チャンフン)が逮捕されるという一大事が発生したことで、税関にヘルメットを破棄されそうになってしまう。マジンが釈放され、急げば間に合うかもしれないことがわかると、すぐさまミソンは全力疾走。破棄されるのを全身で阻止しようとしたが、結局多くは使い物にならなくなってしまった。そこで、冒頭で述べたシーンだ。ただ単に悔しくて出てきた涙とは違う。“商社マン”として結局何もできなかったという自責の念もありながら、複雑に絡まり合った行き場のない感情が涙として溢れた。マジンの必死の励ましも相まって、胸が締め付けられる場面だ。その涙によって何かが大きく動き出すというわけではないが、キム・ミンハの演技から、ミソンにとってはとてつもなく大きな出来事だったのだと痛感させられた。 どの作品でもキム・ミンハが見せる涙は、綺麗なものではない。すべてごちゃまぜになったような、人間らしい涙だ。泣いている時の仕草を見てもそう。自分がどうしようもなく泣く姿を客観的に見たらこうなのだろうな、というほどに“本物の感情”がそこにはある。 彼女の存在が世界的に知られるきっかけとなった『Pachinko パチンコ』でも、その姿が印象的に映し出されている。キム・ミンハは、日本に統治された韓国で過ごし、のちに日本へ渡るソンジャの若き時代を演じた。自分を妊娠させた男との会話、出産、夫の危機、愛する人との再会など、激動の人生を送る中で感情を爆発させるシーンは数えきれない。それでもやはり心に残っているのは、母との別れのシーンだ。結婚して日本に渡ろうとする娘のために白米を用意してくれた母への愛、寂しさ、感謝、申し訳なさ。全てが交錯した感情を静かに涙で表現した。面と向かって別れを告げる時も、母親は強さで涙をこらえるが、まだ少女のソンジャはぐちゃぐちゃになりながら最後の1秒まで別れを惜しんだ。 短いストーリーの中に人間の温かさがギュッと凝縮された、キム・ミンハ演じるヒワンとコンミョン演じるラムの青春ファンタジードラマ『私が死ぬ一週間前』も振り返りたい。よく走ってよく食べてよく遊び、クラスの中心的存在だった高校時代とは裏腹に、大学生になったヒワンは絶望を背負って生きていた。それは、初恋相手だったラムを一緒に行った旅行で失ったからだ。その陰と陽の感じさせる演じ分けも目を引くが、一方でこの物語でのキム・ミンハの魅力は、やはり涙のシーンに詰まっている。 物語は、亡くなったラムが“死神”となってヒワンの死を予告しに突然やって来るところから始まる。そして2人は、今までの空白の時間を取り戻すかのように、死ぬまでの一週間を一緒に過ごすことになる。その間に彼女は何度も、何種類もの涙を流すのだ。やっとラムと心が通じ合った時には“号泣”という言葉では言い表せない姿を見せ、ラムの母親に心のわだかまりを打ち明けた時は、息を止めている時のような苦しさと同時に安堵も表現。さらに、ヒワンがラムとの本当の別れを感じ取る時には、“泣きたくないのに涙が出てきてしまう”というヒワンの心情を鮮明に体現した。泣きすぎて過呼吸になった経験がある人もいるだろうが、それを思わせるような徐々に詰まっていく息遣いだった。 思い返してみると、ドラマ『照明店の客人たち』でも愛する相手に別れを告げる瞬間があった。しかし、同じ「別れのシーン」でも、筆者の記憶に残っている印象は作品ごとに全く異なっている。一体いくつの顔があるのだろう。30歳を迎えたキム・ミンハの出演作はさほど多くないものの、一つ一つの作品で確実に、丁寧に存在感を高めている。 「キム・ミンハ」のことを調べていた時、番組で歌っている動画を見つけた。音楽が好きで歌手になることも考えたというエピソードにも納得するほど、普段の低音ボイスからは想像できない歌声と、女優の時とはまた異なる華やかさがあった。さらに『テプン商事』でも披露しているように、英語も堪能だ。もちろん彼女自身の努力と実力もあるだろうが、普段落ち着いているように見えるからこそ、何か表現をした時の自然な爆発力が人一倍あるように思う。彼女と同世代で今年活躍した俳優は多くいるが、その中でも『テプン商事』のキム・ミンハには、より一層注目したいと思わせる力があった。

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