BTS「生みの親」を襲う「オーナーリスク」 成功神話に司法のメス…問われるグローバル企業の資質

韓流人気グループBTS(防弾少年団)の「生みの親」とされる韓国のエンターテインメント大手ハイブ(HYBE)のパン・シヒョク議長をめぐり、株式の不公正取引疑惑が再び大きな波紋を広げている。 韓国警察は4月21日、資本市場法上の詐欺的不正取引の疑いでパン氏に対する逮捕状を請求した。検察は補完捜査を求めてこれを差し戻したものの、警察は補完捜査のうえ再度、逮捕状を申請する構えだ。 パン氏をめぐる疑惑は、グローバルツアーを本格化させるBTSの活動やK-POP業界にどんな影響を与えるのか? ◆「泥のスプーン」から世界へ…常識破りのK-POP革命 パン氏は、BTSを世界的グループに育て上げたプロデューサーであり、ハイブを韓国有数のエンターテインメント企業へと成長させた人物だ。 2005年にBig Hit Entertainmentを設立し、2013年にBTSをデビューさせた。2020年には同社を上場させ、翌年には社名をハイブに変更。音楽制作、ファンダムビジネス、プラットフォーム、海外レーベル買収を組み合わせた新しいK-POP企業モデルを作り上げた。 デビュー当時のBTSは、「弱小事務所」所属のためテレビ出演もままならず、「泥のスプーン」出身のアイドルと呼ばれた。韓国では、親の経済力やステイタスに従って、子どもを金・銀・銅・泥のスプーンに分類する「スプーン階級論」が知られている。 財閥家など経済的に恵まれた「金のスプーン」ではなく、努力と才能でトップに上り詰めたBTSは、韓国の若者たちに泥のスプーンであっても成功は可能だという希望を抱かせた。 パン氏は彼らを世界的な人気グループに育て上げただけでなく、株上場で所属会社の時価総額は11兆ウォンにまで膨らみ、一躍富豪の仲間入りを果たした。苦楽を共にしたBTSのメンバー7人にも、株を譲渡している 社会的な栄誉と富の両方を手に入れ、コリアン・ドリームの象徴ともなってきたパン氏とBTS。きらびやかなサクセスストーリーの主人公だったパン氏に疑惑が浮上したのは、なぜなのか? ◆「上場計画はない」と株主を欺いた?…李政権が狙い撃ち 問題となっているのは、ハイブの上場前に進められた株式取引だ。 パン氏は2019年、ハイブが上場準備を進めていたにもかかわらず、既存株主に対して「上場計画はない」と説明し、自身と関係のあるプライベート・エクイティ・ファンドに株式を売却させた疑いが持たれている。その後、ハイブが上場すると、事前の契約に基づいて売却益の一部を受け取ったとされ、その額は約1900億ウォン(約204億円)とも報じられている。 この疑惑が韓国社会で注目される理由は、単なる有名経営者の捜査にとどまらないからだ。 李在明(イ・ジェミョン)大統領は選挙戦の過程で株式市場の改革を公約に掲げ、市場の腐敗根絶や不正取引の排除を訴えてきた。大統領に就任すると最初の現場視察で韓国の証券・デリバティブ市場を一元管理する韓国取引所を訪問し、「韓国の株式市場で悪ふざけをすれば破滅することを確実に示す」と強い口調で警告した。 さらに、株価操作関連の不公正取引行為に対して、ワンストライクアウト制度を導入し、不当な利益を回収すると明らかにした。 ワンストライクアウト制度とは、株価操作などの不公正取引をした上場企業に対し、1回の違反でも証券市場から退場(上場廃止)させる非常に強力な制裁制度だ。 これを受けて金融当局は、パン氏とハイブの元役員らを資本市場法上の不正取引行為禁止違反の罪で検察に告発した。 資本市場法違反では不当利益が50億ウォンを超えると最低でも懲役5年で、1900億ウォンが有罪と認定されれば重刑は避けられない見通しだ。 K-POPを代表する巨大企業ハイブの創業者が捜査対象となったのは、李政権の市場改革に向けた覚悟とその成否を占う試金石とみなされている。 ◆K-POP企業に突きつけられた「オーナーリスク」 パン氏をめぐる疑惑は、ハイブにとって「オーナーリスク」を意味する。創業者の影響力が大きい企業ほど、トップの法的リスクは企業全体の信用問題に直結するからだ。 三つの影響がある。 第一は、資本市場での信頼低下だ。韓国の証券会社はBTSの復帰効果で、ハイブの業績が大幅に改善すると見込でいたが、パン氏への逮捕状請求を受けて下落傾向が続いている。疑惑が長期化すれば、企業統治への不信が高まり、投資家が慎重姿勢を強める可能性がある。 第二に、ハイブの経営判断への制約だ。パン氏はマネージメントなどの実務は会社に委ねているとされるが、BTSの音楽や活動方針には今も一定の影響力を維持しているとされる。パン氏には出国禁止が課されており、K-POPのグローバルビジネスにも影を落としている。 こうした中、在韓米国大使館がBTSの米国公演への支援や建国250年記念行事への出席を理由に、パン氏の出国に協力を要請する書簡を警察に送ったことが明らかになった。米国政府が韓国警察の捜査方針に介入するのは異例で、韓国内には「主権侵害」との指摘や反発も生じている。 第三が、BTSの活動への間接的な波及だ。ツアー運営、広報、契約、制作はすでに組織的に進められており、現時点でBTSの公演や活動が直ちに中断される可能性は高くない。 一方で、BTSは単なる音楽グループではなく、ハイブの成長神話そのものと深く結びついている。だからこそ、創業者をめぐる疑惑は、ファンの感情、投資家の期待、海外パートナーの信頼に複合的な影響を与える。 BTSの人気が強固であっても、所属企業のガバナンス不安が続けば、「アーティストは健在だが会社は不安定」という分離した評価が広がる可能性もある。 女性グループNewJeans(ニュージーンズ)と所属事務所ADOR(アドア)をめぐる紛争も、親会社にあたるハイブの内部統治やアーティストとの信頼関係をめぐる問題として注目された。今回のパン氏の疑惑は、ハイブが抱えるガバナンス上の課題をさらに強く印象づけるものとなっている。 ◆経営の透明性と社会的責任 今後の焦点は、警察が補完捜査を経て逮捕状を再申請するか、検察がどのように判断するかだ。捜査が長期化すればするほど、ハイブは法的リスクと経営リスクを抱えたままBTSの世界活動を進めることになる。 BTSの復帰は、ハイブにとって最大の追い風だ。しかし、その追い風の中で創業者の司法リスクが表面化したことは、同社にとって大きな試練だ。 K-POPが世界産業となった今、求められるのはスターを育てる力だけではない。透明な経営、信頼される資本市場への対応、そしてアーティストを守る企業統治が必要となる。今回の問題は、K-POP産業が「創業者のカリスマ」に依存する段階から、グローバル企業としての責任を問われる段階に入ったことを示している。 (執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ)

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